平成25年5月31日(金)晴
 〒272−0823 市川市東菅野4−30−18 tel047−338−0878 府川 恭三
 拝啓 れいこう麗澤会29期の同窓会案内状(10月23日実施)を頂き恐縮しています。
非常に嬉しく若返る思いです。厚く御礼を申し上げます。井上君・上木君・山本君・加藤君、幹事4名の
方々のご尽力に感謝します。いやいや小生の名前を忘れずに覚えていたなんて奇跡ですねー。
君達の高校・青春時代は東京オリンピック(昭和39年1964)の右上がりの日本で、欧米先進諸国を
追い着き追い越せの時代でしたから、怖いもの知らずの女子バレーボール大松監督・新幹線開業
(東京〜大阪4時間・料金2480円)、長島・王のホームランON時代、ミロのビーナス展覧見学、
TV/ひょっこりひょうたん島/赤穂浪士、昭和40年いざなぎ景気が57か月続くなどの時代下、幸運
なバラ色時代で成長された訳ですね。その後、ハブル景気1986〜1990年へと続き、内外情勢は進歩と
挫折の展開で複雑化して平成3年(1991)バプル崩壊、平成7年阪神淡路震災・サリン事件、野茂英雄投
手ドジャース活躍、話題著作「脳内革命」、ヘールボツプすい星発見など時は無常の世でしたね。
 ともあれ、麗潭を卒業されて4 7年経過ですから、人生体験と勉強は相当なものかと想像します。皆
様のご健康とお幸せに、心より祝福申し上げます。
 
 さて、これから高齢者特有の支離滅裂な取り留めのない話題に入りますので、ご了承下さい。
いやいや驚きましたねー。清輝楼が玉井順子さん(旧姓徳田さん)のご実家、8O歳三浦氏が
5月23日世界最高峰のエベレスト登頂征服、同窓会実施日10月23日が小生の誕生日、日本サッカーW杯
出場決定−。これこそ「事実は小説より奇なり」という言葉を語っていますねー。
 小生が麗澤とご縁になった辺りを少々申し上げておきましょう。大学の先生の紹介状を手にして麗澤
高校へ出向いたのが、昭和38年でした。友人と二人で麗澤高校校長室で面接を受けました折り、「慈悲
寛大自己反省」の文字が目に入り、高貴深遠な意義に感銘し、麗澤高校のお世話になることになりまし
た。友人は麗澤は望まず他校へと志したのですが、国語担当を望んでいましたので麗澤諸君の若々しい
高校生と勉学し寮生活するのが、嬉しく満悦でした。また、学園の整備された整地に新高校1年男女4
クラスがどんなに素晴らしかったかー。賢い・可愛い・面白い。・素晴らしい毎日の変化が、感激の連続
でした。
  最初に長谷川君が真面目な質問?一次に上木君が小生を援護するかの様に自問自答?などなど
授業の展開が面白く、申し訳ない退屈な授業かと思いながら1年間やらせて頂きました。池田先生の古
典授業・長尾先生の古文授業・瀬戸先生の漢文授業と比較されては、とても歯は立ちませんが、現代国
語は高校教育の先端と誇っていましたし、言語教育の主食(穀物)だと自負していましたので、現代詩
歌から随筆・小説・論説・作文(ノート採用)を生徒に笑われようと軽べつ馬鹿にされようと、言文一
致の理念を頑固に通すつもりで頑張りました。残念ながら、翌年、岐阜県瑞浪麗潭高校の転勤となり、
可愛い優秀な諸君とお別れでした。瑞浪の山々を眺めながら君達と勉強し学んだことを思い出し、感謝
し麗澤29期諸君ありがとうを叫んでいました。
  -ともあれ、瑞浪麗澤高校の全日制一定時制の生徒諸君は、明るく淡泊で真面目でした。麗渾と同じ
屋根の下でしたから、麗澤の誇りを自覚していましたの
で、瑞浪学園の生活環境に直ぐ慣れました。小生の微力な国語指導力を増大させる意識と人間魅力拡大
を努めました。当然、麗澤精神・モラロジー精神・スポーツ精神・日本文化精神と小生独自の論理構成
を構築の目標ですが、前向きに取り組んでも難題解決は時間がかかりました。やがて郷土文化に関心を
持ちながら、瑞浪・土岐・多治見・明知・恵那・可児・関・岩村・中津川・木曽へと視野は広がり、陶器・美濃
紙・寒天・河川・史跡へと拡大化し、千葉柏市麗澤とは違う世界を発見するようになりました。
定時制の初の共学1学級に西村さんが女子世話役で瑞浪ゴルフ場女子寮担当で赴任されてきました。男
女学級はゴルフ場キャディと作業員として有力な社員でしたので大切に接し、勉学の面白さを説きました。
3年終了後、春休み短期間で帰省困難となり、有効教育期間を模索されていたようなので、小生は
この期間こそ広池博士の御生地(九州の中津)を訪ねて勉強すべきだと提言し、4泊5日九州修学旅行
バスー周とした有効記念となったと思います。記憶が大半希薄なので実話とずれているかも知れません。
現代国語教師から定時制担任となり、奥行・間口は前向きに拡張拡大化して、猛烈に勉学させて頂きま
した。何度も広池千英先生にもお会いし、江戸っ子的でユーモアなお話を拝聴し笑顔の会話でした。と
にもかくにも広池博士と一身同体のようであり、学術家は別としても道徳科学の継承者と広池法人経
営者としての実践的ご苦労は大変なことかと思いました。国際的に道徳科学思想が認知されてー世紀に
ならんとしていますが、皆さんのようにご熱心な勉学と信念は日本社会の中心軸となり、精進力となる
力量から頑張って頂きたい。皆様のお元気なお顔は、明るく幸せの快活力となって周囲にパワーを与え
ますから、次世代の方々を育んで下さい。麗澤卒業生が顔を合わせて誇り抱いて頑張るべきでしょう。
 
  話は飛躍しますが、2月17日「千葉県モラロジー公開講演/道徳が国を支える
真実の教育/3人の師に学ぶ」服部道雄講師(元麗澤中学高校教頭)・橋本
五郎(読売新聞編集委員・TVウェークアップ出演)、の講演の看板を見ましたので、拝聴して服部講師
と会って話しました。服部講師が結婚した新婚時代は千葉県船橋市に数年居て生活していたことや三重
県旅行の先で知った史跡などの話から、さわやかに道徳科学の核心に触れていたのが印象的でした。
 蛇足ながら近況の暮らしを語ります。小生は市川市立歴史博物館・友の会所属し民俗部部長・会報出
版編集長を務めています。毎月一度の史跡巡り案内・勉強会など貧乏暇無しの明け暮れで高齢生活を過
ごして居ます。実の兄が病身なため介護的役でウロチョロしています。
  小生が国語教師の道を歩んだのは、麗澤高校の皆様の声援でした。また、国語・言語の関連した意義
を手前味噌に恐縮ながら申し上げますと、我が家の紹介をさせて頂きます。当然、疑惑と不信の目で思
われて結構です。江戸時代草々紙の黄表紙作家五返舎半九(十返舎一九の弟子/日本人名大事典・平凡
社1990)であるとして、親から我が家の先祖と聞かされていました。学生時代から調査し、一部解明さ
れましたが、未だに不明です。その他、郷土文化や史跡を考察し検索していますが、本腰を入れて研究
されて居るプロの学識家には適いません。
 もっと希望のある明るい話題、珍しい楽しい話題を語るべきでしたが、麗潭29期同窓会諸君の方が、
豊富な質量があると思いますので、小生のつまらない小話で勘弁して下さい。
 1 0月2 3日参加希望で現在いますが、9月になりませんと確実なご返事は無理と申し上げておきま
せんとご迷惑になりますので、9月にお電話させて頂きます。卒業生は話尽くされて飽きたかも知れま
せんが、消灯時間を越えても「谷川岳研修旅行などの思い出話・成田までの遠歩き・ストーム騒ぎ」な
ど昔の思い出話は聞きたいし、話したいしというところです。
では、この辺で失礼します。皆様によろしくお伝え下さい。 敬具