加藤 正
2006年5月4日 15:53
私も見ました。
今日が講座の最終日で、
終わったところ。
で、何人かが私の働き場所
受付センターに集まっていたので
「同級生です」と叫び、皆見入って
くれました。
商店街の活性化にNHKがこのように
巡回するのなら‥
元気そうな店長の顔と声をきいて
安心しました。
でも体のケアはしっかりしとかなあかんで!
ハイラム
2006年3月19日 16:46
きょう、ついさっきまで東京の維持員の
講座が行われていました(100名)。
偶然、そこに同行受講をしていた徳島の人が
「きょう阿波市議の選挙があり、夜には
正木文男君の当落が決まるんですよ」と話してくれ
ました。
近くの人、教えてください。
編集部殿
義兄になる吉田正夫が
登録したいとのことです。
よろしくお願いします。
アドレス
homes@cwo.zaq.ne.jp
2006年2月11日 10:35
昨日、藤岡庸一(大阪此花地方代表世話人)さんが来園し、
黒田・高柳・松下・森としばらく旧交を温めました。
来る土曜日の東海地区同窓会参加の皆さん、
大いに盛り上がってください。
ところで本日は建国記念日。
皆さん、日の丸の国旗を揚げましょう!
もう一つ、編集部へお願いです。
森廣孝氏の登録をお願いします。
アドレスは
です。
2006年2月5日 17:23
去る2月2日の夜、学園から歩いて20分位の所に
ある中山先生邸を、元気を回復した森と、黒田と宮島と
少し遅れて高柳と、同年代の日下部氏(職員)と小生の
6名が押しかけ、退院祝いにかこつけて一献傾けてきました。
もちろん先生と奥様は飲めないのを承知のうえ、各自が
好きな飲み物を持ち寄り、ワイワイガヤガヤの一夜を
持ちました。
先生はまさにテニス三昧で、ほとんど朝早くから近郊の
どこかのコートにでかけていらっしゃいます。その馬柄?
失礼、人柄でみんなから「先生」と気軽に声をかけられて
おられるとか。昨日、新旧女王(シャラポワとヒンギス)の
対決があった東レ・パンパシフィックテニスも奥様と見に
行かれたとか。
たしか69歳になられるはず。ますますお元気です。
「来園の折りには、ぜひおいでください」とのこと。
先生に特にお世話になった人は必ず行くように
してください!
2006年1月17日 17:22
ハイラムです。毎日、学園の表玄関・総合受付センターで
二人の看板娘とともに若さを吸い取って生きています。
森広孝君も今、同じ職場でいますので安心してください。
ところで、皆さんは山本恒次先生(モラロジー研究所顧問)
のお名前はもちろんご存知だと思いますが、その山本先生が
昨日96歳でお亡くなりになりました。
昨年の6月ころまでは時々顧問室に来られ、お話もさせて
いただきましたが、それ以来、お顔を会わすことはありません
でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。
明日18日(水)18時から19時までお通夜が
明後日(19日)12時から13時半まで葬儀・告別式が
廣池千九郎記念講堂で執り行われます。
(喪主・山本恒隆氏)
お知らせまで
2005年11月2日 14:31ハイラムです。
以前、鎌田さんからのお尋ねが
あった米谷先生の29日メールを
お預かりしましたので、代送
します。
29期生の皆さんお元気ですか?今月は11人の方からメールを16信いただきました。
どうもありがとうございました。今月は8日がビッグな日になったようですね。岡山で長江君の
送別会があり、横田君の誕生日もかねた楽しいひと時を分かち合えたようで何よりでしたね。
おめでとうございます。同日東海地方ではミニ同窓会もあり、そして両者ガケータイで連絡を取り合っていっそう盛り上がったそうですね。九州からも飛び入りがあったとか。
これからの1ヶ月もどうぞお元気で。がっしょう。よねや。
2005年2月19日 10:39
そうです。
最上階が回転式の展望レストランに
なっているビルです。1階2階に三省堂
書店が入っています。
山種Mでは誰の絵を見に行くのですか?
ハイラム
2004年12月10日 15:13
加藤です。受け取りました。
私と松下も
今、ある会合を終えたところで
バツタリ受講中の正木と会いました。
講座自体がビッシリの日程と
都内に住む子供さん宅へ外泊
したりと忙しそうでした。

2004.5.20
えーっ?って感じです。
毎年、返信はなかったのですが、年賀状は出していましたので。
大学(彼は青山学院)時代、よく4畳半の下宿へ遊びに行きました。
また十和田湖に旅行したときは邸宅に泊めてもらいました。
卒業後、一時期学園に奉仕者として数ヶ月いた思い出します。
秘書時代、青森滞在時に兄上から「家の仕事を手伝っている」と聞き、安心していましたが‥
残念です。
また一人いなくなりました。
この前、同窓会の発送作業のとき、「何人いなくなったっけ?」と話していたのですが。
南無阿弥陀仏
皆さん、本当に体を大切に! ハイラム
2004年5月1日 17:35
学園の中央広場でこいのぼりが元気に泳ぐ中、一昨日(29日)から講座が始まりました。
総勢260名が受講されていて、その中には藤岡庸一君と玉井順子さんがいます。
庸一君は黄金週間が終わったらものすごく忙しくなるので、その前に力をもらおうと
奥さん(玉野良枝さんの妹さん)と仲良く受けています。
6日からはみんなさぞ大変だと思いますが、心構えがちがいますね。
さすが浪速の代表世話人(むかしの主任さん)です。
それから、黒田君が運良く(運悪くか?)論文コースの講師として出講しています。
お互いに後ほどどんなコメントが聞けるか楽しみです。一期下の植田修二君も見かけました。
2004年4月6日 15:13
かなり早く咲き始めた「広池の桜」(近辺の人はこう呼びます)も、
大学、専攻塾、そしてきのう(5日)の高校と三校の入学式でそれぞれ
新入生を迎えてくれました。私の印象では、年々白っぽくなっていた花の色が、
今年はまたピンクっぽくなり、あざやかに映りました。40年前の花びらの色を
覚えているかな?
さて、この前三品幹事からお知らせのあった同窓会の件です。
白秋の真っ盛り?で天候面でもまず心配ないでしょう。
が、この10月3日という日曜日に学園で「生涯フェスタ2004」
という法人あげての行事があります。モラロジー研究所のオープン
キャンパスみたいなもので、地域社会に開放して各種の催しを行います。
まだ役割が決まったわけではありませんが、例年だと管理職は各部門の
責任者として園内のどこかに就くことになります。
多分高柳氏、松下氏、黒田氏、そして加藤は出席できないかも‥‥。
不確かで申し訳ありません。でもANNEさんや玉井さん麗子さんは問題
なさそうだから。取り遅れ連絡いたします。 ハイラム(加藤)
2004年3月20日 8:17
『されど われらが日々』
いしだあゆみさんでしたねえ‥‥たしか高校2年か3年の頃でしたか。
彼女に夢中になってファンレターをだいぶん書き送りました。
返事はほとんど来なかったけど。当時「さちお君」という曲もあったかな?
「高校三年生」や「学園広場」は懐かしい曲で、カラオケでたまに歌うと
職場の仲間(みんな年下だけど)が「あのおっさん、こんな歌も歌うの?」
って顔で珍しがって聞いてくれます。
題(タイトル)にある本も同じ頃ベストセラーになりました。この著者(柴田翔)が最近、
当時のころを回想した自伝エッセイを出しています。
さて、春季皇霊祭、学園の霊堂もきょうはもうまもなく開場します。かなり寒いけど‥。
だれかに会えるかな? ハイラムでした
2004年2月17日 12:27
私も昼休み、銀行へ引出しに行って、日経を見てたら記事に出会い、
思わず笑ってしまい、周囲から「へんなおじさん」に見られました。
印象に残った続きを。
・「課長いる?」返った返事が「いりません!」
・「無駄省け」言ってた上司省かれる
いずれもわが身に降りかかりそうで、本当は笑ってなんかいられないのに‥。
2004年2月16日 13:37
中川先生、インフルエンザですか?そういうときは診療も休むのでしょうね。
いや、もともとマスクをして患者に近づいているので、関係ないかも‥。
ところで、以前話していた新潟駅の新幹線口の駅前通りに屹立しているビルの広告に、
ローマ字で「UEKIGUMI}とあったあのビルは「上木組」だったのでしょうか?
添付の写真を見て思い出したので、メールしました。

学園も梅が咲き始め、明日から講座が始まります。
今回は女性を対象としたコースがあり、井出智子・玉井順子両講師の出番があるようです。
冷やかしに行きたいところですが、その会場はたしか男性はダメとか!(ハイラム)
2004年2月7日 8:52
川島からの「魂を抜かれた日本」を読んで
こちら(柏)にいると、慈悲の世界にどっぷり浸ってまさに楽園です。
その中で理事長だけが日本そして世界を心配し、「心を育てる道徳教育
魂を育てる歴史教育で日本人の覚醒を」と警告?しています。
美和先生の薫陶を受けたおかげか、秘書時代に数年就いたためか、
このスローガンに全く同感です。
「アメリカ人は日本人を豚に例えている。檻の中に入れて殺さず、一生懸命に働かせ、
金を取る。親豚が死ぬとお金は子どもたちに均等に分けさせ、その結果財産は一代でなくなり、
三代目では家も土地もなくなるようにした。そして日本人から大和魂を抜き取るために、
教育勅語、修身教育を廃止し、新憲法をつくり、結局、骨のない軟体動物にさせられた」
今年の本部講座の一環として5、10、12月の3回、二泊三日で「歴史学習セミナー」が
開講されます。興味のある方はぜひどうぞ。
2004年2月2日 9:58
橋本君を偲ぶ
卒業して、こちら広池学園出版部にいたころ、彼が突然顔を見せ、
「ハイラム、これからブラジルへ行ってくるよ」と言って出かけていきました。
確か数年して戻ってきたときも来てくれたように記憶しているけど‥。
いつも仕事中に訪ねてきて、デスクの隣にパイプ椅子を並べて話したのですが、
一体何を話したのかは思い出せない。それにしても彼の声は大きかったので、
回りの同僚はよく仕事できたなあと、その寛大さというか変な所に感心しています。
「元祖フリーター」っていう存在でしたでしょうか?
麗高受験について
高柳君から報告がありましたが、それに関連して。
@2年前、受験生らしき母娘が廣池千九郎記念館を訪れました。
特に女性客だと用もないのにしゃしゃり出る小生、聞いてみると、
「今日が入学手続きの締め切りで、都内の高校とどちらにするか迷っている。
創立者の記念館を見て、最終判断したいから来た」とのこと。
都心のど真ん中、六本木中学にいるとかで、案内に も熱が入った。
そして「寮生活がどんなものか分からず不安」と言うので、休憩ロビーに案内し、
お茶を出し、奥におられた米谷先生を引っぱりだして二人でPRというか寮生活の
本音を話しました。
現在、彼女は元気で麗高生としてやっているようです。
A山崎君(井出家の親戚の)は時々記念館に来ました。
非常に礼儀正しく、眼鏡の奥のやさしい目が特徴です。
Bその他、毎月入る前に玄関で深々とお辞儀して展示を見ていく男子学生
(彼は親はモラロジアンではないが、希望して寮生に入り、こんなクソ真面目な
若者がいるのかとびっくりするほどで、親しくなり、よく手伝ってもらった)がいます。
我々と同じ?ように成長していくのでしょうね。 ハイラム

2003年11月28日 10:05
人柄という柄はだれが織るんだろうか
さわやかな柄 どぎつい柄 アブストラクトな柄
親からいただいた縦糸に
毎日こつこつと美しさを求めながら横糸を織っているのは自分自身
地味でもいいから気品のある柄を織りたい
見えないところにはそっと金糸を入れて
「人生模様をいかに織るか」というよねちゃんのメールを見て、
こんな詩があったのを思い出しました。
もちろん私がつくったのではありませんが。
ハイラム

October 07, 2003 1:14 PM
トルコとの交流の話ですが、私は5年前に大講堂で聞き、感動したことを思い出します。
高柳の紹介にもあった占部さんの講演でした。
4年前に徳島(阿南市)の歴史学習の
勉強会でその受け売りをしたら、
はるか年輩のおじいちゃんおばあちゃんが私の話にしては珍しく目を輝かせて聴いて
くれました。
その『歴史のいのち』には、日本人に生まれてよかったと感じられるような実話が満載
されていますので、ぜひ買って読んでください。ご注文は学園のだれでも承ります。

昨年に続き、新潟に行ってきました。
町田とは20年ぶりくらいでしたが、写真のように少しスリムになって中川家
(2年先輩の兄さんが後を継ぎ、ご両親もご壮健)でお世話になった後、二人で
念願の高橋真梨子コンサートに。
二列めで、しかもステージが低く客席
との距離も近いので、彼女の小皺や
足の爪の形まで分かってしまうほど。
25曲のうち二つほど歌詞が出てこなくて笑ってすますの愛嬌で、最近は時々あるとのこと。
とにかくほとんど同世代かその前後の人たちばっかりでここでも同窓会のよう。
彼女の声は精神的な病にかかっている人を治すといわれていますが、二人して
どっぷりと浸かった2時間でした。<続きはあした>