● 視点 「希望に満ちた未来を築く」 −祖先の偉業を受け継ぎ、子孫に道を開く− モラロジー研究所道徳科学研究センター教授 モラロジー専攻塾塾頭 松浦勝次郎 これまでの約半世紀の間に、わが国で、根本から大きく変 わり、また今も急激に変わりつつあることは、家族・家庭・家についての考え方とその在り方です。その変化によって、私たちは、先人たちが、これまで長い長い時間をかけ、命を 懸けて築き上げ、守り続けてきた大切なものを見失いかけています。 親としての厳粛な使命感 私の父母は、5人の子どもを育てましたが、その5人のうち、私がいちばん最後に結婚しました。結婚式の日に、母が、私の横で、だれに言うともなく、しみじみと「これで子ども が10人になった」と言いました。その言葉に、母親の、深 感謝・喜び・安堵などの心情がこもっていて、このひと言が 私の心に残りました。その17年前に、父はすでに他界して いましたので、私には、その言葉の背後に、祖先から家を受 け継ぎ守り、子どもを養育し、子々孫々の将来に道を開くという、親としての厳粛な使命感も感じられました。 私の父は次男でしたので、私の父母は、祖父母・祖先の伝統を受け継ぐというだけでなく、自分たちの代から新しい家を築くという特別の責任と気概とをもって、親・祖先を敬い、家族・家庭をとても大切にしていたと、私には思えます。 結婚とは、配偶者との出会いというだけでなく、父母・祖先が2倍になることであり、新しい兄弟姉妹に恵まれること でもあり、祖先が大切に守り続け永続してきた偉大な事業を受け継ぎ、未来へ向けて、子孫のために新しい家を築くという厳粛な意味があります。 その A 豊かさによって見失うもの 今も、多くの日本人は、それぞれに家族を大切にしようとしています。しかし、多くの若者たちが結婚に消極的になってきていること、また、離婚が多くなっていることなどから、家庭を築くことの意義や喜びを見失い、次世代を育てる使命感や熱意を失っている日本人が多くなってきていることは明らかです。このような傾向を、力を合わせ、力を尽くして、なんとかして変えようと努力しなければ、私たちが住む社会に希望はありません。 家族の起源にはいろいろな理由が考えられますが、最大の理由は、言うまでもなく、子孫を安全・有効に育てることにあります。それが、先人たちにとって、つねに家族・社会の最重要事であり、苦労・努力の意味の源泉でもあったのだと思います。私たちは、だれもが、さまざまな願いや目的をもって、日々の生活を送っていますが、子どもたちとこれから生まれてくる未来世代の将来を犠牲にして、今現在の欲望をどのように一時的に満たしたとしても、それで、心からの納得・満足・安心を得ることはできません。 私たちは、今、人類史上、きわめて特殊な時代に生きています。人類社会において、僅か数十年前まで、大多数の人たちは、つねに目前の危険、貧困などに悩まされ続けながら、幾多の困難を乗り越えて、次世代を養育し続けてきました。 そのような先人たちの、一度も途切れることのなかった、命懸けの苦労・努力の結果が今在る私たちであり、現在の私たちの生活です。豊かさによって見失う大切な真実があります。 学者の研究によると、極度の貧困の中で苦しんでいる多くの人たちが、たくさんの子どもをもとうとする最大の理由は、そのような究極の情況の中で、子どもを育てることが最大の希望であり、生きる意味と喜びの源泉であるからだそうです。 その B 立派な親を育てる これまでの僅か数十年の間に、人類は、地球規模の環境破壊を引き起こしました。それは、今生きている私たちの世代が、自分たちの欲望を満たし便利で快適な生活をするために、大自然と祖先・先人からの遺産を浪費してきた結果であり、これから生まれてくる子孫たちを犠牲にしていることであることを、多くの人たちが知るようになりました。また、近代民主主義が尊重してきた「民」には、祖先・先人もこれから生まれてくる子孫も含まれていないこと、そのことが環境破壊の根本原因と深くかかわっていることにも多くの人たちが気づいてきました。その結果、人類は、新たなより広い視野から、未来世代への責任とともに、時間的・歴史的なつなが りの中での自己の位置と使命を自覚し始めています。 現代人が大切にしている「家庭」 「家族」 の概念には、祖先も子孫も含まれていないのが普通です。困難な時代を生き抜 いた先人たちの生活の中心には祖先の祭祀(さいし) があり、祖先からの伝統をつねに尊重し続けてきました。先人たちが大切にしてきた「家」には、祖先もこれから生まれてくる子孫もが含まれているのが普通であったのです。 希望に満ちた未来を築くために、永続してきた偉大な事業を継承し子々孫々に道を開くという観念をもって、次世代を立派に育てる立派な親を育てなければなりません。これから家庭を築く若者たちには、みずから行いを正し、心を正して、立派な親となり、できるだけ多くの立派な子孫を育てる強い志をもってほしいと心から願わずにおれません。それは、自分の家・家族のためだけのことでなく、国家および人類社会に希望ある明るい未来を開くことにつながる高い志でもあるのです。 現在のわが国では、日本の立派な父母となって、立派な子どもたちを育てるという尊い使命を犠牲にして、多大な時間と労が浪費されています。世界の人口は今も増加しつつありますが、国家・人類の将来のために、多くの人たちの欠点を補うほどの使命感をもって生きる若者は、まったく不足しています。また、その情況は、これからも当分の間、変わると思えません。今の情況で人口が増加すればするほど、高い志をもった立派な若者は、ますます多く求められるのです。 |