「今は亡き恩師、友を偲ぶ」

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藤岡 繁君
参列者:高柳君(親せきにあたる)、藤岡洋一君、寺西夫妻、横田君
山本君、井上。 

藤岡君の元気な時、最後にお見舞いに行った時、お通夜、告別式
安居院君の弔辞

告別式当日司会の方が心を込めて読んでいただきました。参列者一同感涙されていました。

残念です。昨日は目頭が潤んで、文になりませんでした。今、個人的に弔辞を述べます。
藤岡繁さん、麗校3年生になった時、貴兄が、寮長、私が副寮長として9号舎を任されましたね。
思い出の多い、有意義な寮生活でした。退学か、自己反省か!生徒手帳の指針に則って、卒業し、社会に出ても、
それが人生の指針として生きてきました。
(もう既に時効と思いますので、告白します。3年生になったある日、副寮長部屋の私の押し入れで、
2人で、コップでお酒をこっそり飲んで、何喰わぬ顔で、ほろ酔いの赤い顔がバレないように、
酔いの顔を醒まして、寮に戻りましたね)。
今から、2年前の、伝統の日、貴兄は、物産展で(株)児玉のブースに来て、椅子に座ってゆっくりとした時間を
取って身体を休めていましたね。
奥様とご一緒『自分の身体が弱っているから、付き添いで来て貰った』と言っていましたね。
『来年はもう来られないだろう』とも言っていましたね。
暫しの健康談義で、“私はストレスを溜めて、高血圧症(上が204、下が174で入院し、)
合併症の慢性腎不全で、腎臓機能が20.4%しか働いでいない(今現在は17.4%)。
やり残している事があるので、あと数年は生きたい。でも10年は無理。”と、私は言いました。
貴兄は、ただ黙ってもの思いにふけっている感じでした。“会社は?”の質問に『息子が継いだ』と一言、
言いましたね。・・低い小さな声で『じゃぁ、ありがとう』と言って、眼で奥様を見つけて、貴兄は
奥様の方にゆっくりと歩んで行きました。
今思うと、それが繁さん、貴兄とのこの世での最後のお別れの姿でした。
亡くなって、閻魔大王の前で、この世に生を受けてから亡くなるまでの、姿・心使いは、浄瑠璃の鏡に映し出されます。
貴兄はきっと立派な先導者になるべく使命を命じられて、7日区切りで、新たな修行が始まるようですね。
立派な仏様になって、やがて行く、私ども後進の者を導いてくださいネ。黄泉の国で、待っていてください。
私共もやがて行きます。あの世でまた会いましょう。その時は、また宜しくね。俗名、藤岡繁さんへ、合掌 安居院渡 拝 
2016年 5月20日 湯郷温泉にて 谷川にて
最後のお見舞いになりました。