| 【城下町小幡】 |
| こんにちは栗林です。 08/10/5 群馬県南西部甘楽(かんら)町に位置する、城下町小幡(おばた)に行って来ましたので下部写真添付と共にご紹介します。 ここ小幡地区は鎌倉時代より小幡家が長く支配し、町西方にある御殿平に国峰城3km四方に及ぶ大城郭があったと記録されています。 今は城郭もなく、山城本丸に至る階段がわずかに確認されるだけです。 現在でも江戸時代の面影を強く残し、観光地化されない山紫水明な地で映画のロケ地としても度々使われています。町を南北に流れる雄川堰(おがわぜき)の歴史は古く、いつ誰の手によって造られたか明らかにできないほど長い歴史をもっています。日本名水100選にも選ばれた生活用水路です。 城下町として本格的に小幡藩が整備されたのは、関が原の戦以後江戸創期幕藩体制の強化で織田信長の次男・織田信雄(のぶかつ)【長男・信忠は父・信長と共に本能寺の変にて横難横死】 が小幡2万石を拝領し以後8代152年織田家が藩主として収めました。 西上州の山間部にある小さな小幡藩と歴史的にも余りにも有名な大大名織田家との密接な係わりが不思議にさえ思えましたが、信長亡き後の豊臣・徳川による覇権争いの結果にみる事がわかります。 町外れにある小山の中腹に織田家7代の墓がひっそりと並び、街を見渡すようにたたずんでいるのが印象的でした。 藩邸跡、武家屋敷跡、織田家の後に収めた松平藩の勘定奉行役宅には現在も高橋家として生活しているのは驚きで、庭園には見学もさせて頂けます。 春には雄川堰沿いにある桜並木がまた有名です。 帰りに山ひとつ向こうにある群馬サファリ−パークに寄って(家内のたっての希望?)、猛獣の行き交う道をマイカーで通るという体験もしてきました。 隣の富岡市では今、日本初旧官営富岡製糸工場跡の世界遺産登録に向け奮闘中です。これが認められると小幡もわんさか人が来るのでしょうね・・少し複雑です。 画像説明 1.ようこそ城下町・小幡。 2.国道より広い並行して走る古い街並み。 3・4・5. 雄川堰。 6.武家屋敷。 7. 武家屋敷・正面藩邸跡落山園。 8. 武家屋敷。 9. 左・高橋家(現在でも住んでいます) 10. 喰い違い郭(陣屋の中小路に面して造られ、戦いの時の防衛上の為、はたまた下級武士が上級武に出うのを避けるために隠れたとも言われます)。 12. 織田家七代の墓。 13. 織田信雄の墓。 14.織田家家紋・木瓜/揚羽蝶 紋が分かります。 15.16.17.18 群馬サファリ−パーク。 |