【長野・松代象山地下壕】平成22・8・1
こんにちは栗林です。
今日から8月。今年も終戦の日が来ます。
5月の連休の日長野松代象山地下壕見学に行きましたが時間の関係で入り口まで行き、
壕内部に入ることが出来ませんでした。
娘がもう一度ゆっくり内部の見学をしたいと言うことで先日再び行ってきました。

松代象山地下壕は、太平洋戦争の末期、軍部が本土決戦最後の拠点として極秘のうちに、
皇室、大本営、政府各省を松代に移すという計画の下に構築したものです。着工は昭和19年11
月11日。翌20年8月15日の終戦(敗戦)の日まで、約9ヶ月の間に当時のお金で約2億円の巨費とおよそ延べ300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され1日3交替徹夜で工事が進められました。食糧事情が悪く、工法も旧式な人海作戦を強いられ、多くの犠牲者を出したと言われています。現在朝鮮強制労働者で氏名がはっきり確認されているのはたった4名とのことです。

松代地下壕は舞鶴山(現気象庁精密地震観測室)を中心に皆神山、象山の3ヶ所に碁盤の目のように掘り抜かれ、その延長は10キロメートル余に及んでいます。全工程の75%の時点で終戦となり工事は中止されました。戦後は、訪れる人も少なく忘れ去られようとしていましたが、太平洋戦争の遺跡として多くの人々にこの存在を知っていただくために地元の高校生の声から、県、国を動かし平成元年見学できるように整備されたということです。なお、平成15年10月に文化庁による「近代遺跡詳細調査」が実地されその調査結果を待ち、今後における地下壕の保存方法などを再検討されるということです。年々見学者が増えているとのこと同期の皆様もお近くにお出掛けの折には立ち寄ってみてください。

写真説明
1.不戦の誓いの碑。
2.朝鮮人労働者の慰霊塔。
3.当時のままの壕入り口。
4.壕内部にある案内板、赤線のみ現在見学可。
5.内部にある千羽鶴。
6.ボランティアの説明を聞く東京からの高校生グループ。
7.崩れて掘削中止になったトンネルの一つ。
8.岩に突き刺さったままの削岩ロット。
9.朝鮮人労働者が隠れて書いたサイン。
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