上毛新聞・・【三山春秋欄より】 お布施の名のもとに、信者が財産を教団に差し出す事件を取材 したことがある。 どれほど深く信仰すると資産を手放せるのか。素朴な疑問を精 神科医に尋ねた。答えは意外だった。 信仰が深いから財産を投げ出すのではなく、一切を差し出す覚 悟ができたから信仰にはまる、というのだ。 論理の後先が逆になると、広がるイメージはまったく違う。 ノーベル平和賞受賞者のケニア副環境相が日本語の「もったい ない」を世界に広めると宣言したのに触発され、戦災に遭わず 、古い商店街のある桐生で「もったいない」を追った。 受注製造の靴屋、洋傘、時計、刃物の専門店などにお邪魔し、 良い品物を長く大切にする習慣が薄れてきたことを知った。 年配の店主は、「悪い品物を粗雑に扱って、壊れればすぐ捨て る生活で『もったいない』は育たない」と口をそろえた。 「もったいない」の心が物を大切にさせるのでなく、物を大切 にする姿勢が「もったいない」の気持ちを育ててきた。 生活から「もったいない」が薄らいだのは物を大切にする心、 人を愛する心が希薄になったからではないか・・・ 便利な生活と信じた使い捨て文化が、大切なものを奪った。反 省することは多く、失ったものの大きさと、取り戻す道のりの 険しさと長さに、ただただ打ちのめされる。 以上です。数度読み返しながら、つくづく考えさせられまし た。これを目にされ読まれた皆さんは、いかがでしょう・・・ 戦後60年。節目の年のこともあり、戦後の歩みの特集番組が それぞれの視点から放送されましたが、現代の「飽食の時代」 をもう一度振り返り、この日本語独特の美しい言葉 「もった いない」を実践したいと思います。 栗林信彰 |