| 上毛新聞・・【三山春秋欄より】平成18・8月17日 聖徳太子が制定したとされる十七条憲法。その10条に「鐶の端无きが如し」という言葉があるのを知ったのは、都内の通信社の会議室入り口に掲げられた額でだ*「かねのわのはしなきがごとし」。 石原征明・前橋国際大名誉教授、北川和秀・県立女子大教授の共書『日本の憲法』(あかぎ出版)はこう読む。 多少長くなるが、そのくだりを引用すると・・・ ≪あらゆる怒りを捨て、他人の考え方や行動が自分と食い違っても怒ってはならない。人にはみな心がある。その心には、それぞれに執着するものがある。(略) 正しいか正しくないかの判断は、いったい誰が決定し得ようか。 自分も相手も共に賢く、また愚かでもあり、その区別の付かないことは、金属の輪に端がないのと同じである≫ そして次のように結ぶ。 ≪たとえ自分一人が正しいと思っても、みんなの考えも尊重し、その結論に従って同じように行動せよ≫ 小泉純一郎首相の終戦の日の靖国神社参拝が波紋を広げている。参拝に踏み切った理由の一つに首相は≪心の問題≫を挙げていた。 首相が心の問題を掲げるのなら、例えば先の大戦で侵略された国の人々の心の問題を考える上で、10条の条文はもっと思い起こされていい。 以上ですが・・ 歴史上からみても中々難しい問題を含んで簡単には論じられませんが十七条の憲法の第一条は 『和をもって貴しとなし、さからふなきを宗となせ。』ですよね。 |