| 栗林 信彰 【コラム】三山春秋 平成22・1・22 ▼暦の文字を確かめたくなるような暖かさとなったおとといの「大寒」。再び西高東低の冬型の気圧配置に戻り、寒中らしい厳しい寒さが続く ▼一昨日の高温は、日本列島が移動性高気圧に覆われ、南から流れ込んだ暖かい空気の影響だった。春を感じさせる陽気に早咲きの梅がほころび始めた所もある。寒中に咲く梅、寒梅である ▼〈庭上(ていじょう)の一寒梅(いちかんばい)、笑って風雪を侵して開く。争わず又(また)力(つと)めず、自(おのずか)ら百花(ひゃくか)の魁(さきがけ)を占(し)む〉。新島襄(1843〜90年)が作った漢詩「寒梅」。〈自ずから占む百花の魁〉という読み方もあるが、意味は次の通りだ ▼庭にある1本の梅の木が風雪にめげず、花を咲かせている。 争うことも、無理をすることもなく、それでいて、おのずからあらゆる花のさきがけとなっている ▼寒梅を、厳しい試練に耐え、他人と争ったり、無理をすることなく自然体で臨み、世の先覚者、指導者となった人物に例えた詩とされ、宗教家、教育者としての思想、体験が反映しているといわれる ▼新島は幕末に国禁を犯して渡米。帰国後、キリスト教に基づいた同志社英学校を創設し、大学設立募金運動に奔走する中、前橋で病に倒れた。〈真理は寒梅のごとし、敢(あ)えて風雪を侵して開く〉という詩句も残した“平和の使徒(つかい)”。神奈川県大磯で46歳の生涯を閉じてからあす23日で120年になる。 |