借り物
自分の身体は、自分の身体であって、自分のものではありません。
あくまで、神様からの借り物である自覚が必要です。
遠い祖先、(行き着くところは神になりましょうか)から
受け継いだものを、子々孫々まで伝える役目を、一人ひとりが、
それぞれの立場で担っているのです。
高柳達雄より
長谷川浩二様の残されたメモが、下記のように
紹介されていました。
・・・・・・適当な日曜日にでも、花だけの祭壇で写真と遺骨、弔辞と献花の
お別れの会を開いてください。それで充分です。
・・・・・・なるべく楽しそうにやってください。
私の哲学では人間は生かされている存在で、借り物の肉体でこの世の
期間の仕事を果たして、使命を終えていなくなっていくものです。これ
は生まれてくるのと同じでごく自然なことで、悲しいことでも寂しいこ
とでもありません。死を悲しいことと思うのは人間の我であって、生ま
れるのと同じように自然な楽しいことであるべきだと思っています。
(使っていたパソコンに残っていた「書き残しの記より」)
ご冥福をお祈りいたします。
高柳達雄 拝