| 父から子へのバトンタッチ |
| 父・順は、幼少のころより丁稚奉公に出て、成人してからは衣料品の商売をしていました。生真面目な性格で、風邪を引こうが何しようが、商売を休むことはありませんでした。また働き盛りのころにも、毎朝、公共の場の草取りをし、周囲からの信頼も厚い人でした。 母・つきは、呉服店の生まれでしたので、父の商売を積極的に手伝っていました。 活動的な母で、時間を見つけては謡曲や仕舞の稽古に出かけていました。 私は、そんな二人の間に一粒種として生を受け、愛情を一身に受けて成長しました。 父は、昭和十年代に東京在住の義兄からモラロジーを紹介され、戦後すぐに千葉県柏市のモラロジー研究所で概要講座(現在の概説講座)を受講しました。昭和二十三年のことでした。 モラロジーの教学と二代所長・廣池千英先生のすばらしいお人柄に感激した父は、以来、研鑽と実践を続け、昭和四十年から四十七年にかけて、青森モラロジー事務所の代表世話人を拝命し、長年にわたってモラロジーの教育活動に熱心に取り組みました。 そんな父の姿を見ていましたので、大学で英語を勉強した私は、人様のお役に立つ仕事に就きたいと思い、教員になる決心をしました。そのときいくつかの就職口があったのですが、父が喜ぶに違いないと思い、母校の麗澤高校でお世話になることにしました。 実は、私は、三年ぐらいで郷里に帰ろうと思っていたのですが、そのことを父に話すと、「三年じゃあなんだから、五年ぐらいやったらどうか」と言われました。そして、五年後に郷里にいざ帰ろうと相談すると「五年も経って何を言うのか」と言うのです。 父は、私に、モラロジーの教学に繋がって、お返しをしてもらいたいと思っていたようでした。 平成十一年、父が最期の病床についていたときのことです。廣池学園モラロジー事務所の「事務所だより」をさりげなく渡したところ、しばらくその記事を読んでいた父は、私の顔を見て、「そうか、よかったなぁ」と語りかけるように笑顔を浮かべました。 そこには「次期代表世話人に米谷豊氏が内定」という記事があったのです。 父はおもむろに、机下に置いていた『れいろう』誌の昭和三十三年十二月号を差し出し、千英先生が記した巻頭言「満ち足りぬ心で」を、私に読むように促しました。そこには次のような文章がありました。 「私は、近頃毎日数人、多い時は数十人の人たちに面会致します。(中略)ほとんどの人が感謝と感激に溢れ喜んでおられる姿は誠に楽しく尊いものです。 然し、皆の帰った後、私の心の中に何となく一抹の満ち足りぬ気持ちと淋しさとが残りますことはどうしようもありません。たとえ最高道徳とはどれほど深遠であってもこれを取りつぐ私の徳の不十分さが、面接する人々にそれ程感動に満ちた尊い姿を現させる力はない筈だと考えます時、一層謙虚な、低い優しい粘りつくような慈悲の心を湧き出させなければいけないと、自分に言いきかせながら家路に帰ります。(後略)」 父は、千英先生の心境を引き合いに出し、私に「決して高慢にならず、人の上に立つときにこそ謙虚な心になりなさい」と教えてくれたのです。かって代表世話人を務めた父からの私への忠告でした。まもなく父は亡くなりましたが、モラロジアンとしてしっかりバトンを受け継いだ思いがしました。 |
| 母の祈り |
| 中学校のころ、私は野球に熱中するあまり、勉学が疎かになっていました。母は、ずいぶん心配していたようです。ちょうどそのころ、東京の伯父から麗澤高校を紹介されました。すると母は、実際にその校風を確かめるため、早速一か月間の概要講座(昭和二十六年)を受講しました。当時の私は「行けるところならどこでもよい」ぐらいに思っていましたが、振り返ってみると母の深く強い思いを感じることができます。 大学は、親戚筋のクリスチャンに勧められて上智大学で学びました。しかし、私は進路のことで悩み、中退さえ考えるようになりました。そのとき、自分の正直な思いを何度も綴り、母に送りました。母は、その都度私の気持ちを受けとめてくれ、丁寧な返事をくれました。母からの手紙で退学を思いとどまり、卒業するまで六年かかりましたが、きちんと大学を出ることができました。そして、そのときに思いとどまったからこそ、私にとって生涯の師ともいえる二人の恩師に出会うことができました。これも、母の祈りの賜物だと思います。 私が高校在学中、母が担任のT先生に送った書簡には、「わが子だけでなく、多くの生徒たちを立派に育ててほしい」という願いが綴られていました。その手紙に感銘したT先生は、後日その手紙をクラスで紹介しました。私はそれを聞いて、わが母ながら、その心の広さに深い感動を覚えました。 現在、私は、学生寮で多くの学生たちと接していますが、このような母の姿勢に学ぶところがたいへん大きいと感じています。 麗澤高校に奉職して以来、人を育てる教育という大事業に携わらせていただいておりますが、これからも父から学んだ真摯な姿勢と母から受けた大きな愛情を次の世代に伝えていきたいと思います。 |
れいろう2004年9月号から抜粋