特集●「深く考える力」を養う
          考えること、学ぶこと、生きること     黒田 光
ひとりで考える
「吾かって終日食らわず、終夜寝(ぃ)ねず、以って思う。益なし。学ぶに
如(かざるなり」(『論語衛霊公篇)<私は前に一日中食事もせず、一晩中
眠らないで考えたことがあるが、むだであった。学ぶことには及ばない>、
孔子のことばです。しかし、孔子はまた、「学びて思わざれば則(すなわ)ち
罔(くら)し。思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし」(『論語為政篇)、<学んでも
考えなければ、物事ははっきりしない。考えても学ばなければ、独断に陥って
危険である>とも言っています。「考えること」は「学ぶこと」と深くつながり、
結局は「生きること」そのものなのです。
 ロダンの名作「考える人」は、思索という営みが、他の人が容易に足を踏み
入れることを拒む孤独の厳しさを表しています。確かに、ときに私たちはひとりに
なって、自己の内面の世界と向き合うことが大切でしょう。「思うこと」も、「反省
すること」も、「祈ること」も、ひとりです。「志を立てること」も、「決意を新たにすること」
も、「誰かをひそかに慕うこと」も、ひとりです。廣池千九郎(モラロジーの創建者)も
言っています。「大切なことはひとりでやるようになっている」(『廣池千九郎語録
モラロジー研究所)と。
歩くこと
ところが、机の前に座って「さあ考えよう」と思っても、中々思索は進む
ものではありません。そういうときは、歩くのが効果的です。頬を撫でていく
風に季節の移り変わりを味わいながら。足の裏を刺激することで脳も
刺激されるのでしょうか。歩きだして二十分もすると、頭が少し冴えてきます。
やがて、はっと何かに気づき、思わず「ああー、そうなんだ」という感嘆詞が
浮かんでくることがあります。とても大切なことを発見した気になって、心の中
に充実感が膨らみます。でも、案外、帰ってからメモしようとしても、半分も
思い出せないことがしばしばです。
 散策に似合うのは郊外です。市街地でも、せめて並木道です。できれば
林や森、そして山でしょう。川も湖水も海も魅力的ですが、「知者は水を
楽しみ、仁者は山を楽しむ」(『論語雍也篇)と言われるように、何故か聖者や
高僧は山との結びつきが強いようです。
 最近、中高年の夫婦連れの散策をよく見かけます。微笑ましくて、いいもの
です。でも、思索にふけるときは、やはりひとりです。ただ、その場合も、実は、
まったくのひとりではありません。大地を蹴って歩んでいるとき、大地もあなたに
語りかけています。草花や木々などの自然や風景が思索の相手をしてくれて
います。対話の相手は、今は亡き父や母であったり、忘れられない友や師で
あったり、神や天かもしれません。
 このように考えると、考えを深める決め手は、孤独ばかりではないことがわかり
ます。いや、むしろ、他の人と出会い、語らい、ふれあう中で、私たちの考えは
よりは深められ、豊かなものになるのです。実際、私の場合、ひとりで考えて
いるときよりも、人と対話しているときのほうが、考えがまとまる気がします。話す
ためには、自分の考えをある程度、整理しなければなりませんし、相手の話す
内容を理解するよう努力しなければ、そもそも対話は成り立ちません。
対話すること
ところで、以前の私は、意見が違う相手を言い負かせては得意になっていました。
しかし、いつのころからか、議論に勝つとひどく後味の悪さを感じるようになりました。
言い負かすためには、相手の考えを拒否して、ひたすら自分の意見の正当性を
言い募ります。しかし、それでは、自分と違った考えから学ぶことはできませんから、
自分の考えが深まっていくことにつながりません。対話の目的は、議論に勝つこと
ではありません。対話の楽しみは、異なった考えに触れて、じぶんの考え方や生き方
を一段と豊かにすることです。
 また、対話はことばを介していますから、相手のことばに刺激を受けて、予期して
いないことがひらめいたりすることもよくあります。
 インタビューの妙手がいます。相手が話したくなるように、呼び水を注いだり、相槌
を打ったり、要約して確認したりして、話の内容をはっきりさせます。話している内容を
本当に理解するためには、相手は「なぜ」そう言うのだろう、そこにはどんな動機や
思いがあるのだろう、と想像しながら聴く必要があります。さらには、話の背後にある、
相手が今その話をしているときの気持ち、その話を話したい気持ちに思いを寄せる
こともあります。共感ということは、こういうことかもしれません。
 作家の安西篤子は、孔子の言う「六十にして耳順がう」について、次のように述べて
います。
「六十歳になると、人の云うことを素直に聞くことができるようになったという。個我が
確立していればこそ、他人の言行にむやみに反対せず、寛容にこれを受け留める
ことができたのである。これはぜひ私どもも見習いたい。人が一生のうちに経験できる
ことは、多くない。自分の未経験の分野について人が語るときは、喜んで聴きたい」
(『老子の思想ー古人に学ぶ老境の生き方草思社より
書く事
 考えを深めるもうひとつの、そして最大の手がかりは、「書くこと」です。
論文やエッセーはもちろんのこと、手紙や日記も同様です。振り出しに
戻るようですが、「書くこと」はひとりです。話す事以上に、書くことは、
いやがうえにも考えます。手紙であれば、相手のことを思い浮かべ、伝え
たいメッセージとともに、こちらの気持ちや心も伝えます。いや、伝わって
しまうというほうが正確かもしれません。
 大正時代から昭和初期に活躍した経済学者で自由主義思想家の
河合栄治郎が述べた、次のことばにはドキリとします。
「己以上のことはいわないこと、正直に素直に書くこと」「文章は要するに
人である」(『学生に与う社会思想社より
 私は決して「深く考える」人間だと自惚れてはいません。しかし、間違いなく
言えることは、この一文を書くことによって、私は「考えるということ」をはじめて
考えることができたという実感です。
考えることは生きること
 モラロジー生涯学習講座は、依然、講義が中心ですが、懇談の時間も
かなりあります。受講者にとっては、寮などでの自由な語らいこそが、お互いの
出会いを深める最大の収穫に相違ないでしょう。フォーマルな懇談の機会は、
時間が限られていたり、人数も多くて、懇(ねんご)ろに話し合うというところまでは
なかなかいきません。
 ところが、この懇談の場で、私は最近、はっと胸を打たれる思いを何度か経験
しました。受講者の多くは心を開いて、今の課題や心情を吐露します。それが
いかにも自然で、少しも嫌味に感じることはありません。先月も、多くの年配の
方々が、これまでの人生の来し方をさりげなく話されるのを聞いていて、思わず、
「どなたも、いろんなご苦労があり、それぞれの人生がある、ということを痛いほど
感じました」と伝えずにはおられませんでした。ずっと年若い私が、生意気にも。
 そのとき思い出したのは、評論家の小林秀雄のことばでした。
「ある人の個性とは、その人の過去に根を下ろしてゐるより他はなく、過去が現に
自己の内に生きてゐる事を、頭から信じようとしない人に、自己が生きて来た
精神の糸を辿ろうとする努力を放棄して了(しま)ふ人に、個性の持ちやうはない」
(『信ずることと知ること弥生書房「考へるといふ事」より)。
 おそらくここに、物語や歴史と人生のかかわりの秘密があるような気がします。
小林秀雄がいう「個性」を、私は「一人ひとりの生きる意味」ととらえたいと思います。
考えを深めるということは、こういうことではないでしょうか。「考えること」は「生きること
そのもの」なのです。
 モラロジー生涯学習のめざすところは、聖人の思想と道徳に新しい光を当てた
廣池千九郎のメッセージから、私たちが自己の人生の指針をつかみ取ることにあると
言えるでしょう。それはまた、廣池千九郎のメッセージに導かれながら、一人ひとりが、
自己の人生の意味を新たに探り出し、人生の喜びも悲しみも受け入れ、人生を
味わい、楽しむことでもあります。
 私たちはともに、廣池千九郎によって縁を結び、集い、聖人や廣池千九郎の
生涯に思いを潜めつつ、お互いの人生の原点を呼び起こすのです。過去を思い出し、
父母を懐かしがり、若いころの情熱と挫折を反芻するのです。そして、志を同じくする
人々との出会いを喜び、お互いの人生に触れて学びあうのです。
「尊尊我無」の人生
 去年の夏、「尊尊我無(トートゥガナシ)」ということばをはじめて知りました。
(「産経新聞平成十五年七月二十六日)。奄美諸島の与論島では、今も日常的
に使われているといいます。「尊尊我無」には、さまざまな意味があるそうです。
第一に、「ありがとうございます」という感謝のことば、第二に、神様に祈るときの
ことば、第Vに、自分()を無くし、出会う相手や出会いそのものを尊ぶこと、
第四に、私たちが今こうして生きているのは先祖のおかげと感謝する、の四つ
です。
 私が最も感動したことは、一つのことばにこんなにも深い意味が込められて
いること、それはまた、四つの意味が同じことばから来ている、つまり同じ根を
宿しているということです。「毎日が尊尊我無で始まり、尊尊我無で終わる」
人生に、ことばに宿された歴史、つまり文化や伝統の重みが確かに生き続けて
いることです。
 このようなことばに巡り合うことも、深く考えるよすがになります。生きることの
新しい意味を学び、生きていることに深い喜びを感じた人々が、希望と勇気を
与える、魂を震わせることばを伝えていくものと信じます。


れいろう2004年10月号から抜粋