1、-やる気の原点−恩に報いる−

 道徳科学専攻塾が開設されてまもない昭和11年、広報の任を与えられた一人の青年が伊豆畑毛温泉に滞在している廣池千九郎博士を訪問したときのことです。

 青年に与えられた任務は東海道沿線の学校を訪問し、新設の塾を紹介するという大任でした。
 廣池博士は、その青年を一目見ると、「疲れているようだから食後一浴しなさい。そうして
夜中に入ってもよい。いつでもかまいません」と言いました。
 その言葉に接したとき、青年は「夜中に入ってもよい」という言葉の意味がよくわかりませんでしたが、言われたとおりに食事をすませ入浴して床につきました。
 しかし、前日までの過労と明日からの大任のこととを考えると、神経が高ぶってしまい、なかなか寝付かれなかったそうです。その時に思い出したのか「夜中に入ってもよい。いつでもかまいません」という博士の言葉であったのです。この青年は静かに入浴し、すっかり疲れを癒すことができました。
 そして、自分の心境を見抜いた博士の言葉に「深い思いやり心」を感じ、その心に報いたいという一心で翌日からの任務に努力したというのです。

 「報恩」という教えはモラロジーのみならず、多くの国の倫理において繰り返し説かれ、また私たちも「報いたい」という意思をどこかで抱きつつ生活をしています。このエピソードは、その「報いる」という心が日々の行動の原動力となるということを示唆しています。「思いやりの心」に報いたいという意思は与えられたものをお返しするという発想ではありません。
 むしろ温かい心に接したことにより、本人の心の中に「報いたい」という心が生まれ、そのことにより仕事を全とうしたいという決意が芽生えてきたということが大切です。「恩人の心を心とする」は、このように温かさを実感した人の心の中にのみに芽生えてくる精神であり、その人の人生をいきいきさせていく原動力であるのです。

                                 − 文責 井出 元ー