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井出智子です。
2006年 2005年 2004年

2003年12月24日 22:02
メリークリスマス
クリスマスイブの日に撮った写真を掲載したくて、イルミネーション点灯5時にあわせて
撮影しましたが、2枚の写真同じ5時に撮影なのですがこのようになりました。
どの当たりになるかというと、昔の高校の玄関前です。
上の写真は本日、下の写真は11月の5時の点灯時撮影。
クリスマスのサンタの贈り物は?
チョコレートでした。まだサンタはやって来てくれるようです。
本当の白髪になって。良い夢を!
☆Tomoko Ide☆

2003年12月15日 22:58
昨日、日曜日のこと
玉井順ちゃんが、皇居奉仕後の母へのおみやげ、卓上の皇室カレンダーを届けてくれました。
折しも、昼食前の順子さん、我が家でつきたてのおもちと、お汁粉を召し上がりながら、
皇居でのお話をし続けてくれました。
様々なお話は彼女からお聞き頂くとして、日ごろ、おしゃべりでは負けていない母や私を後目に、
群を抜いたお話ぶりでした。立て板に水とはこのことでした。
漏れ見えた、東山魁夷さんの絵のお話、賢所でのお話等々、興味あるお話ですが楽しかったです。
やはり、陛下にお目にかかると、なぜか涙が出てきてしまう。
この感覚は経験者だと良く解ります。
愛子ちゃまの笑顔のカレンダーに母は大満足でした。
順子さまありがとう。奉仕のお話、是非皆様に伝えてください。
このところ喉のいたみから始まるインフルエンザにやられました。
たかが風邪、されど風邪。きついものです。少しダイエット?出来た。と勘違い!
やつれただけでした。皆様お気を付けください。
☆Tomoko Ide☆

2003年12月5日 20:15
中根さんへ
映画の一シーンのような晩秋の都会の写真にウマいと感心!
智恵ちゃんらしいコメントに思わず(∩.∩)
枯れる前に、一花咲かせて!といつも言っているのですが・・・
ホロリとくるのを見せない女心を隠しているということも・・・・
ホームページを見た部屋っこから感想をメールで送ってくれました。
麗澤29期すべてを褒められたようで嬉しかったです。
麗澤29期のホームページをみました。
素晴らしく良くできていて、驚きです。
写真をみて、この間学園の中に入っていった
時の感激を思い出しました。
” 麗澤29期は素晴らしい!!”
昔も、そう感じていたのはなぜでしょうか?
百合子より
☆Tomoko Ide☆

2003年12月3日 14:00
フクちゃんの久々の登場に安心しました。
大きくなりましたね。有加ちゃんの小さい頃にそっくりになりましたね。
月日の流れを感じます。
めでたしや 娘ばかりの 雛の宿代を重ねるごとにますます可愛い子に恵まれましたね。
お名前は?小さい子のお守りは疲れますよね。
先日、4ヶ月の子を1時間くらい抱いていたら、翌日腕が変でした。
筋力が弱った模様です。今は送り迎えの大変さが加わりましたか?
メールにお顔を出してください。
また学園を訪ねてください。待ってます!
隣に写っている素敵な紳士は誰かな?と思っていましたら・・・・
折橋さんだとは。眼鏡がない折橋さんのイメージがまだ定着せず
あ、そうかと眺めてしまいました。
中根さんオファーありがとう。
☆Tomoko Ide☆

2003年12月1日 14:28
編集者の努力と読むほどにメーリングへの皆さんの思いへ乾杯です。
感謝しています。ありがとう。
☆Tomoko Ide☆

2003年11月28日 14:01
秋深し 隣は何を する人ぞ
人生模様、ハイラムくんの掲載してくれた詩を味わいつつ縦糸の加減は難しいのです。
一生懸命になり、糸を絡ませないようにしなくては。
昨夜は学園関係の同期生が懇親会を開きました。
働き盛り、近くに住んでいても全員集合を調整するのは大変です。
久し振りのメンバー集合でした。
場所は卒業生の店“ひょうたん”でした。
感想は出席者が送信してくれるでしょう!
三井麗子さんの都合により、期別代表を当分の間、井出智子
が代行いたします。何かありましたらご一報ください。
☆Tomoko
Ide☆
見慣れた顔ぶれですが集合写真です。(写真提供 浅野哲二)

2003年11月26日 23:08
想いでさがし」のお役にたてたようですね。
中根さん木田さんより、より以上の反応が返ってきて嬉しいです。
近くに住んでいても、学園の「気」は他とはちがうことを感じます。
これからも勇気を出して、写真を撮ることにします。
博士がきっと、あの世でよろこんで下さっていると思います。
学園に是非、足を運んでください
皆で、喜んでおもてなしをいたします。
☆Tomoko
Ide☆

2003年11月26日 10:07
紅葉といってもたくさんの色がある。雨に濡れると色が深くなる。
晴れ間の色とは風情が少し違います。(霧雨)写真では限界がありますが・・・・
今日は銀杏の彩りです。1枚目昔の高校校舎あたりに向かう2枚目は桜並木当たり
(昔の食堂当たりから眺めた景色を思い浮かべ、重ねてみてください)
2日に亘り、サイズ少しオーバーごめんなさい。☆Tomoko
Ide☆

2003年11月12日 23:22
川島さん
お察しの通り、心中を察して、メールを控えておりました。
病状を聞く度に、ビックリしてしまいます。
寺西さんに書いたことは川島さんにも届いていたことでしょう。
まだまだ、大切にすれば回復力のある年齢です。
自分で寿命を縮めないでくださいますよう。祈り
どうぞご自愛ください。

araさん
早速に、amazonで購入しました。
すぐに到着することでしょう。ありがとう。
中根さん
香嵐渓の写真にしばし秋を満喫しておりました。
メールで秋だよりを楽しめるのもメーリングのなせる技かなと
微笑んで読みました。素敵な故郷ですね!
敬三さん
ミミズまるごと鵜呑み!の笑い、未だ消えません。
メールで弁解してください!
秋の夜長ちょっと夜更かしです。
☆Tomoko Ide☆

2003年11月11日 20:38
たえこさま
旦那さまのいまだに不摂生のご様子が垣間見えました。
朝は黄色、夜は赤トウガラシになるのは顔色のことか?
それは心配な顔色です!不摂生のたまものです。
奥様の気配りで今日まで回復できたのに・・・感謝もないと・・・
そりゃ、けしからん(`_´)携帯メール使えて良かったですね。
けいぞうさま
ハラハラしながら見守っている奥様のこと少しは考えてくださいますよう。
よ〜く効くというミミズを毎日飲む立場も理解できなくはないのですが・・・
奥様は言葉は大切です。
奥様の管理は、命を預かっているのと同じです。
良薬口に苦し、耳の痛いことでしょう。
最近旦那様のけいぞうさまのメールが入りませんね。
まだまだ、大切にすれば回復力のある年齢です。
自分で寿命を縮めないでくださいますよう。祈り。
☆Tomoko
Ide☆

2003年11月6日 12:52
長谷川浩二先生がお亡くなりになりました。
麗澤29期メーリング参加者の中にもご縁があった方がおいでかと思います。
ご存知でない方もあるかと思いお知らせします。尊敬している方でした。
長谷川 浩二様「享年82歳、モラロジー研究所顧問、元廣池学園常務理事
(麗澤大学外国語学部教授 長谷川 教佐様のご尊父)」には、かねてより
病気療養中のところ、去る11月3日にご逝去されました。
故人のご意思により、葬儀はご家族の密葬にて執り行われますことを謹んでお知らせ
いたします。
ご弔問、御供花、御弔電、ご香典はご辞退されておられます。なお、後日、「お別れ
の会」が行われる予定ですので、日程が決まりましたら改めておしらせいたします。
*喪主 長谷川 和子様(奥様)
☆Tomoko Ide☆

秋の名前に似つかわしくない、暖かな日が続いています。
それでも葉っぱだけは秋を関知して、紅葉しています。
ノンちゃんの回復ぶりのお便りに安心しました。マコちゃんありがとう。
前向きなノンちゃんの姿が浮かびます。
正木さんとの暖かな交流に、こちらまで暖かなものを頂いたような気持ちです。
先日、麗陵祭がありました。
展示部門で井出ゼミの展示が最優秀賞を頂きました。
テーマは「夏休みの宿題」、それぞれの夏休みの思索の結果を提示する
という意図だったと思いますが、内容は今ひとつお粗末と思いましたが、
展示会場に流れている雰囲気がとてもいいのです。学生達の楽しんだこと
が伝わってきました。
他の難民問題など優秀な展示の中で頂けたということは?
放し飼い(目を届かせて自由にさせる)の甲斐があったということでしょうか。
井出も父の看病の折りに描き上げた『千手観音』を中に展示していました。
おまけにゼミ生大半が出演していた、中国語劇も最優秀賞を頂きました。
今の学生達の演劇の力はたいしたものだと観劇して思いました。
出会う学生達の嬉しそうな顔、こちらも嬉しくなっています。
こうした学生達をみていると、若いときに連想している以上にいろんなことに
チャレンジしていいんだと、今更ながら思います。
卒業生も大勢集まりました。
私達にとって人生のお祭りの時なのかもしれません。
孫には縁がないと思っていましたが、ババとして卒業生達の子供を抱かせて
くれます。沢山いて、ベビーシューズ製造に追われています。ありがたいことです。
秋の収穫の芋が大活躍でした。
☆Tomoko
Ide☆

2003年10月31日 9:19
米谷先生、29日の毎月のメール復活してほっとしています。
九州の原鶴温泉での先輩達との同窓会いかがでしたか?
おそらく、今回の企画に参加されたであろう福岡の先輩達(高田、坪根)
とは、大昔の思い出があるんですよ。
高校生になって初めての夏休み、両先輩と同級の野見山さんと4人で大濠公園?
西公園?かで待ち合わせて、お会いすることになった時の出来事です。
4人で話をしている時、警官に尋問を受けました。ダブルデートだと思ったのでしょうか?
それからの行動はほとんど覚えていませんが・・・・思い出のひとこまだけが残っています。
先輩達はお元気でしたか?
美千子さま「はぎれつなぎ」とか・・・
気の長くなる手仕事は心が落ち着きますよね。私は中毒症状並に、いつも
手を動かすことを用意しています。少しづつですが集まると大きい物になる。
急いでも仕方がない、少しづつしか進める方法がないことを、針仕事で
学びました。秋の夜長にははかどりますね。
読書の秋ですね。
面白い本に出会いました。是非一読をお勧めです。
『バカの壁』 養老孟司 著(新潮新書)
『バカの壁をぶち壊せ!正しい頭の使い方』 日下公人、養老孟司著(ビジネス社)
☆考え方の視点、新しい示唆をうけました。
『死ぬための教養』 嵐山光三郎(新潮新書)
☆これから読んでみたい本を発見
(参考:いづれも amazon ネットショップで購入)
『「昭和」という国家』 司馬遼太郎(NHK出版)
☆生きてきた昭和という時代を見つめてみようと思っています
(図書館) とても読み応えある本でした。
☆Tomoko Ide☆

2003年10月23日 12:39
奥芝さん、新居さんの大切な会話の中に割り込んで、展示会メールを
入れてしまったことを、心苦しく思います。お許しください。
間に割り込むこと、はばかられますが、最近麗澤教育ということを考える
機会が、多々あり、またメールしてしまいます。
青春時代は、自意識が強く、悩み、苦しみながら成長していきます。
今の学生達も同じです。
僕の場合は、高校時代に経験もないのに、くそまじめに、かちかちに
頭だけでわかったふうにしゃべり、批判し、偉そうに自分は出来た人間のような
思い込みをしていたような気がします。
もっと、自然体に自分をもっとさらけ出して、いろんな人達にぶつかってゆけば、
得るものも多かったのではないかなと思う。
高校生の年齢で模範的な人間になろうというのが、かえって、成長を妨げた結果
となったのではないかと、今思い返せばそう、思ってしまう。
むしろ、当時、反発したり、先生に逆らったりしていた人の方が今は、しっかりモラ
の活動を支えているのではないだろうか。
青春時代、どのような態度をとっていたにしろ、「自分探しの旅」をしていたのだと
感じています。
心の格闘は、それぞれ同じようにあったと思います。
成長を妨げたのではなく、そのような形で成長をしていったと・・・
真面目に取り組んだ中に収穫は大きかったはずです。
後に、気付いたことはその後の人生で、取り返そうと変化していった。
今もその「自分探しの旅」をしていると感じています。
青春は振り返ると赤面のことばかりです。
冒頭の麗澤教育のお話です。
井出は皆様より少しだけ、広池千英先生に接することが多い環境にありました。
大学3年生の折りの夏休み、麗澤館の先生のお隣で過ごすことになりました。
先生と接したその夏、井出は大きな変化をしました。
何を感じたのかというと、自分にとって消してしまいたいほどの高校時代の
悔やまれることが、少し解消したのだと思います。
千英先生は決して高校時代だけで人を評価するのではなく教育は「長い目で見守る」
ことであることを身をもって示してくださっていました。
その夏、麗澤館の玄関で見送った井出に1本のパイプを残して先生は逝っておしまいに
なりました。その後の彼の進路を決める大きな出来事でした。
作家であり、精神科医の「なだいなだ」さんが学園で講演の折り、教育者の
ペスタロッチの話をされました。
その折り、千英先生を思い浮かべました。
一人一人の評価は短い期間では評価できない。一生涯を通して見守り続け
ていく生涯教育こそが麗澤教育なのだと千英先生の温かい目は教えて
下さっていました。
今、教育者としての原点は、勉強をして得られたのではなく、千英先生の
人格の温かさを通しての感化であったということです。
恩師の先生方もまた、同じように、生涯を通して見守りつづけて居てくだ
さるのを感じています。
今、私達が感じている麗澤という共同体の中で感じてきたもの、得ている
のはまさしく、現代の若者が求めていても、信じられずにいるものです。
私は感謝しています。
私達の底辺にあるのは、やはり、広池先生が示して下さって居るものを
信じているからではないかと思っています。
変化していくのが人間ですが、見続けて居てくれる温かい存在を信じる心
が大きな安心感になっていくのだと。
困難なときも、順調なときも・・・
☆Tomoko
Ide☆

2003年10月22日 19:12
☆白いベアたちですが、この機をお借りして宣伝いたします・・・
白い布を「江戸っ子」の中村道明さんから、手配して頂き、購入しましたが
女性講座が無くなり、その布地が沢山手元にありますので、何かお役に立
たないかとチャリティを始めました。
というのも、アフガンの子供達が戦争で多く負傷しています。
足のない子供にはギブスを、顔を損傷している子供には、顔を取り戻すためには
お金がたくさん必要です。このベアを高く買って頂いています。
単に寄付を募るより、協力していただける方にベアを差し上げると言った方が
良いかもしれません。
今は2点しか残っていませんので、すぐには出来ませんが・・・
可愛いです。高いです。良ければ・・・・予約受け付けます。
頂いたお金は全額寄付です。こちらは労力と材料費を寄付です。
手作りのベアは市販品でも高額です。
ご考慮の上 仔細はメールにて ・・・・ついでに宣伝致します。ごめんなさい
☆Tomoko
Ide☆

雨の一日でした。
その様な中、会期中お客様がいっぱい来て下さいました。
理事長夫人にも、来て頂きました。メールを見て高柳さんが来てくれました。
昨年と同じような写真ですが、添付します。
年々成長していると、見てくださるか?老いていると見て下さるか?
それぞれの作品の前で撮影です。
写真説明
☆玉井順子さんの写真
左手は長尾先生の軸、玉井さん右手が順子さんの色紙
☆井出智子の写真
左手と壁皆様の作品、右手白いベアたちは自身の作品
☆Tomoko Ide☆

急で申し訳ないですが、
明日、12:00から16:00まで、キャンパスプラザB会議室で毎年恒例の
「さくら交流会」をやります。
(代表者)
書道 「みずくき」 長尾久子
絵手紙 「カトレア」 長島純江
ニッティングサークル 「彩」 田中宏子
布切れあそび 「桜」 井出智子
それぞれのグループの1年間の発表の場です。(40名ほど)
玉井順子さんも書道で作品を出します。恩師の先生方もお仲間です。
お茶とお菓子がでますよ。学園のお近くの方、どうぞお越し下さい。
歓迎します。
明日は雨になりそうですね。足下が悪くなりそうですね。
とりあえず用件のみでごめんなさい。
☆Tomoko
Ide☆

中根さま
なるほど、なるほどと納得です。
しかし、自分を持たず、回りの雰囲気で笑っている風も・・・
一人一人違っていて良いのに・・・と思ってしまう。
私も、「くさ過ぎる」ことに「照れる」・・・ものを自分の中にも持っている。
この年になって、再び「清らか回帰現象」が起きて、更年期症候群ともいうべき、
感動ものに出会うと素直に涙が・・・(やはり涙腺が緩んでしまっているのでしょうか)
奥芝さま
万葉の世界はいいですよ。和尚の講義を2年間うけました。
和歌の奥にある歴史と共に読んでいくと、天皇というより、王(キング)の時代という
気がしています。おおらかに恋をした時代。
全文でしたら岩波や集英社やいろんな出版社が出しています。
インターネットで検索して出してもいろんな人がファンで掲載しています。
私は季節に会わせて
・「はな」(桜)「椿」・・・とテーマ毎に万葉をひもといたりしています。
歴史に会わせて
・額田女王(ぬかたのおおきみ)の周辺の歌だけを楽しむ
・大伯皇女(おおくのひめみこ)と大津皇子(おおつのみこ)姉弟の物語を楽しむ
等々、そのほうが万葉を数倍楽しめるような気がしています。
☆Tomoko
Ide☆

October 18, 2003 9:50 AM
araさん、ご指摘の「償い」の曲は、かって裁判の折り、
交通事故を起こした青年が改悛の情なく居直っていたのを憂慮した
裁判官が、冒頭にこの「償い」の曲を流したのだそうです。
結果は・・・この曲を聴いた人々が感じる感性を青年も感じたに違いありません。
テレビを見ていて、心から感動しました。
音楽が与えてくれる感性は言葉とは違ったものがありますね。
現代の青年に「さだまさし」が好きというと、変な笑いをするのはなぜでしょうね。
彼らは解っていない・・・!(`_´)
araさんがご指摘のように、美しい日本語ですね。
一筆啓上 ☆Tomoko Ide☆

October 16, 2003 10:51 PM
中川さんの行動力に驚いています。
京都に名古屋にと、少しの暇を惜しんで足を伸ばして有松へトヨタの博物館へ、
写真はわかりやすくて一目瞭然とはこのことです。知らないところが一杯あるものです。
三戸森さん、お父様の記憶を疑わないでください。
10日のシンポの翌日、大阪に朝一番の「のぞみ」で出かけ、お父様にお会いした
わけです。日帰りで帰宅でしたが。
大阪の参与の先生方とは30代から育てて頂いています。
たくさんの方々がお亡くなりになっていくのは、寂しいものがありますね。
どうぞ、お父様を大切に。
井出のメーリング登録は学園のパソコンになっていますので、自宅では[柏anne]
からしか入り込むことが出来ませんので、私のアドレスから投稿していること、申し訳ありません。
質問でようやく重い腰あげるメーリングかな・・・・といったところです。
昨日、友人に「門倉有希コンサート」のチッケットを頂き、その友人達と柏市民文化会館へ
歌を聴きに行ってきました。その隣の席にふとみると浅野哲二さんが座っています。
たくさんの席の中でお隣とはビックリしました。
歌唱力のある人ですね。(実は余り興味なく聴きに行きました)さすがプロだと思いました。
詳しくは浅野さんから説明がある・・・と思いますが。
☆Tomoko Ide☆

2003年10月12日 15:13
美千子さま
せっかく関心を寄せて下さったのですがパンフレットは先日のプログラム以外は
余り掲載がなく手元にも一部しかありません。
活字はスキャンするとかなり大きい容量になります。一部お知らせします。
我が家は、朝日新聞を取っていませんので解りませんが、取材にきていたので
朝日に掲載されたかもしれません。
無事、シンポジュームを終えて、井出が「広池博士の儒教に対する見識の深さを
改めて認識したよ」と帰宅後,話してくれました。
歴史に翻弄された孔子に対する認識も,中国では元に戻り、散逸した文献を
中国の教授達は集めているようです。明日、理事長の計らいで、学園を訪れる
ことになりました。
きっと、博士の蔵書に、儒教の書物が揃っていることを驚かれることと思います。
(長くなるので、10Pにさせて頂きました。
大きく見たい方はツールバーで表示を大にしてみてください。)
☆Tomoko Ide☆
パンフの内容です。
中国側とパネリストの発表とのセッションという形です。
☆憲法秩序との関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西原春夫
☆21世紀に当てはまる部分を選択する基準・・・・土田健次郎
☆道徳諸原理の中の位置づけ・・・・・・・・・・・・・・井出元
☆普及方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石川忠久
「儒教は今も人の生きるべき道を示せるか」
ここ数年における青少年や大人の異常とも言うべき犯罪を見るにつけ、戦後の日本社会が
権利と自由の確立に努力し成果を上げた反面、人の生きるべき道の教育が物質文明の
弊害を凌駕しえなかったことを痛感させられる。今までと違うことを始めない限り日本は世界の
尊敬を失ってしまうだろう。出来ることがあるとするならば、昔から伝えられてきた人の道のうち
古く克服すべきものは捨て、21世紀に当てはまるものを選び出し、これに戦後に獲得した
規範意識を付け加えて普及を図ることが考えられる。
伝統的な人の道にはいろいろな流れがあり、これらが混合して、今もなお日本国民の
思想や行動に強い影響を与えていると思われる。その中に儒教の思想があることは否定
できないだろう。しかし儒教は元来封建道徳としてうまれたものだから、先述のような取捨選択が
必要なことは言うまでもないし、戦後定着した憲法の理念との関係もはっきりさせなければならない。
折しも、昨年秋、北京にある中国人民大学に孔子研究院という研究教育機関が設立された。
そこでも、現代に残すべきものとすてるべきものとの取捨選択が行われていると聞いている。
幸い国士舘大学が文部科学省の支援を得て張立文院長一行を日本に招かれたので、
この度の「講演とシンポジュームの集い」を催すことができた。戦後日本では珍しいせっかくの
機会なので、ご参加の皆様も今後この大切で難しい問題を考えるきっかけにして頂きたいと思う。

井出智子 10月08日
北海道はもう紅葉ですか!
この時期が一番、日本列島の寒暖の差が大きい時期ですね。
奥芝さんの、クロとチビちゃんのえさのお話は (-_-;)と(^o^)
によくマッチしていて思わずフフフでした。
お知らせですが
中国で再評価されている孔子の思想などから現代社会を考える講演・シンポジューム
『儒教は今も人の生きるべき道を示せるか』(青少年育成国民会議主催)
・10月10日(金)1時半〜
・「国立オリンピック記念青少年総合センター」(渋谷区)において
・講演
張立文(中国人民大学 孔子研究院 院長)
・討論(パネルディスカッション)
石川忠久 (二松学舎大学長)
井出 元 (麗澤大教授)
土田健次郎 (早稲田大教授)
西原春男 (国士舘大理事長)
入場は無料です。井出がパネラーとして出ます。
興味とお時間の許す方、いかがですか。今日、朝日新聞(夕刊)に少しだけ
取り上げられていました。
同級生のお子さんが大勢、麗高に入学していた時期、井出が皆さんの前で
お話をすることになりました。その時、みなさんが前方に座り、始まる前から
心配そうな顔をして座って聞いていてくれたこと・・・
同級生は心配していてくれたんだと、井出が話していたのを思い浮かべます。
少しは研究を重ねて、心配顔をしなくても済むかも知れません。
☆Tomoko Ide☆

早瀬さん、永原さんお陰で記憶の証明が出来ました。
もやもやがすっきりです。ありがとう。
今日、午前中下記のメールを出したのですが、メーリングリストから
私の方には配信がありませんでした。
ひょっとして、皆さんには配信があったのかな?再び転送を試みています。
もし配信されていなければ、どこへ消えたのでしょう???
曼珠沙華でこれだけ盛り上がり、久し振りの岩部さんのメールも
拝見できたのですから・・・
お彼岸のおはぎ今年はおこわに化けました。
Tomoko Ide

永原さんありがとう
気持ちが曇りが晴れてすっきりした感じです。
記憶の中で祖母と話した時の情景だけを何となく覚えていました。
大昔の人がどの様な暮らしをしていたのか、おそらく祖母も経験はなく聞き
伝えだと思います。
96歳まで生きた祖母は多くの話を語り伝えました。
明治26年生まれ、ハレー彗星2度経験、日露戦争提灯行列経験、
第1次世界大戦、アポロ月に立つTVで見る。激動の歴史を経験。
「な〜に、大東亜戦争ですら片が付いたんじゃもの、どうにかなるよ」
おおらかな祖母でした。
今暮らしている母にも聞いてみました。「毒だから食べるということは
聞いたことがない。でも、結核の人が、数日間、根ををさらして薬にした
話は聞いたことがある」と言っていました。
Tomoko
Ide

山野草の調理法など掲載のホームページでみつけました。
お薬としていたのでしょうね。
耳に残っていた最終食料・・・怖いほどの飢餓を感じます。
| 野草名 |
ヒガンバナ |
| 主な採取場所 |
土手、草地 |
| 主な料理方法 |
毒草・食不可 |
| 薬効について |
下痢、嘔吐、麻痺、呼吸不全 |
| 別 名 |
|
| 科 目 |
ヒガンバナ科
|
何か勘違いをして聞いていたのでしょう。やはり不吉な花でしたか。
Tomoko Ide

日差し、夕暮れの速さ、鰯雲、風のにおい、少しづつ秋ですね。
奥芝さん、お嬢さんの結婚がきまっておめでとうございます。
順ちゃんのお孫ちゃんに一番乗りで、お赤飯を蒸かして会ってきました。
可愛いあかちゃんでした。未だ名なしさん、一日中見てても飽きない
お顔でした・・
中根さん、曼珠沙華の群生きれいですね。
近くにあのような群生地があるのは知りませんでした。
柏には片栗の花の群生地があるんですよ。
密やかな花が群れて咲くとなんて綺麗なの・・とみとれます。
コスモス、すみれ・・・曼珠沙華はたくさん効用があるようですね。
みっちゃんの言っているように、今年のような天候不順の時にも、必ず
咲いてくれる曼珠沙華の花。
昔の人は、必ず色んな所に、飢饉の折りの最終食料として植えていた
のだと聞いています。(おばあさんから聞いたお話です。)
根っこを食べたと言いますが・・・定かではありません。
昔の人の知恵ですね。現代の飽食では知恵は継承されませんね。
曼珠沙華の後はいよいよ秋本番ですね。
昨日は大量の栗むきをしました。(おばあちゃんといっしょに)甘煮・栗おこわ、
とてもおいしかったです。
秋になると、つい美味しい食べ物の話題になってしまいます。
中川さんの京都嵯峨野の写真を見ていると、妙ちゃん(寺西夫人)の故郷を
思い出しました。
高校時代、妙ちゃんと自転車で天竜寺など早朝から訪ねたのを思い浮かべて
いました。風情のあるところですよね。
最近メールは楽しみ満載ですね。楽しんでいます。
Tomoko
Ide

(お願い)
メールの「件名」は必ず入れて下さい。・・・みっちゃんお願い!
過去のメールでウィルス騒ぎの折り、「件名」がなくて削除したということがあったそうです。
新居さんに二人の詩を送信して頂きました。ありがとう
araさんのお陰で40年前の一瞬にタイムスリップしました。
懐かしがるのとは少し違う感覚でした。
人は変化するのだと改めて感じます。
詩を書いたその後から、限りなく多くの出来事に遭遇して自分を変化させて
いった訳ですから。
16歳のその一瞬に自分がどういう感覚を持っていたのかを知ることが出来て、
日記を保存していて読み返した時の感覚というか、16歳の自分に対面した
気持ちでした。
すごく客観的に読む事の出来る56歳というところでしょうか。
詩の力はまた文章を読むのとは違うものがありました。
(これも興味ある発見でした)
何を題材にしたのかというところは、未だに変わらぬものも発見。
時折ぼんやりと窓の外をながめたり、空を眺めたりして自分の世界に
入るところは変わらないな。(anneの世界ですか)
心情的なものをもっと入れていれば詩として良いのに・・・
等と眺めているのです。
しかしながら、幼いけれど、まっすぐで澄んだ自分がそこにいました。
詩を書いたときの気持ちも少し思い出したりして・・・・
特に元氏の、あるがままの姿は、今彼が、学生達が何をしても許せる
訳だと肯けるものがありました。ふふ (*^_^*)
夫婦で笑い会えるくらい、率直な高校生が詩の中にいました。
楽しみました。araさんありがとう Tomoko Ide

木田さん良かったですね。
中根さん、小川さんの写真のすばらしさにびっくりです。
家にいて旅を楽しむことにします。
寺西さんのジジバカぶりがだんだん板に付いてきたようです。
ババサマは元気が出たでしょうか。

いつも、菜園ガーデンの話題を提供していますが今日は違う話題を・・・
我が家にある大望遠鏡について
我が家には大変性能の良い天体望遠鏡を持っております。
長さ120p程、直径20p程の大双眼鏡です。
これが手にはいるまでの経緯について・・・今から20年程前のこと
夫、元氏がカメラが好きで、レンズについて少しばかりの知識があったもので
天体に興味を持ったおり、天体望遠鏡の理想を求めて、広告の裏紙に
毎日書いていました。漫画入りのなかなか面白い望遠鏡の絵とレンズの数字
が書かれたものでした。
「こんなレンズでしかも双眼鏡があったらいいな」というものだったのでしょう。
そんな折り、京都に出講。その帰宅途中の京都駅で、たびたび望遠鏡の展示会で
お目にかかったフジノンの方が声をかけてこられました。新幹線の東京までの車中
その理想の望遠鏡の話題になったそうです。フジノンの某氏はすっかり乗り気になり
「それを作りましょう」ということになりました。
後日、会社から嬉しそうな声で「会議を通りました。GOサインです」との返事。
しかしながら、カメラに使うようないいレンズを天体望遠鏡に、しかもおおきい!
これはコストの上で問題があったようです。
レンズは職人さんが手で磨くのだそうです。元氏は会社に見学に行きました。
後日、「月刊天文」にも大きく広告が出ました。『究極の天体望遠鏡』と銘打って・・・
かくして・・・我が家にはその天体望遠鏡(2号機)がアイデア料金として、狭い
北部住宅ベランダに届けられました。(1号機はフジノンの会社に)
売値は300万円であったそうな。結構売れたようです。
しかしその双眼鏡を支える足の部分を購入するのに40万円ほどかかりました。
現在は大学の研究室に収まっています。
この度の火星は勿論、ハレー彗星の折りは北部住宅のベランダは夜子供達で
一杯でした。いろんな彗星を見続けてきました。
獅子座流星群の折りは大学の芝生に徹夜で寝ころんで学生達とみました。
それは肉眼で充分でしたが。月のクレーターなどは本当にリアルに見えます。
木星は惑星のジュピターなど4個ほどが確認できます。
かくして元氏は今も天文部の顧問であります。
興味のあるかたは大学研究室へ訪問されますと見ることが出来ます。
当たり前のように見ていた天体双眼鏡の話題でした。
Tomoko Ide

8月も終盤に入り、ようやく真夏の雰囲気を感じる陽気になりました。
小川(柵木)純ちゃんようこそ!
初メールを期待しています。まだ、初メールを期待している人達は沢山いるのですが・・・
お待ちしています。
木田さん「細菌性肺炎」と診断されたと書いていましたが、その後いかがですか。
肺炎は命取りになりかねません・・・お気を付け下さい。お年頃です。
朋代ちゃんとの高校時代の同好会の頃のやりとりを見ていて、それぞれの
高校時代があったんだなと・・・思いを深くしました。
井出智子