ラスト・サムライ』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  ハリウッド映画『ラスト・サムライ』を観ました。
十九世紀末、南北戦争の英雄オールグレン大尉は、インディアンの虐殺に 加担した心の傷から立ち直れず、酒に溺れる日々を送っていました。
そんな彼が、近代化をめざす日本政府に軍隊の教官として招かれます。
 勝元盛次率いるサムライと初めて戦いを交えた日、彼は負傷し、捕らえら れて、勝元の村に運ばれます。
天皇に忠義を捧げながら、武士の根絶を 目論む官軍に反旗を翻す勝元は、西郷隆盛をモデルにしたような人物です。 暮らしぶりは質素で、桜の花の潔さを愛する、優しさと強さを併せ持つ勝元 に彼は心を惹かれ、二人は固い絆で結ばれます。 また、静かでストイック(禁欲的)で、何事にも完壁をめざして鍛練を怠らず、 正しいと信じることのために惜しみなく命を捨てるサムライの生きざまに彼 は心を動かされ、その精神を吸収していきます。やがて勝元と運命を共に し、圧倒的な数の官軍と死を覚悟で戦います。兄の勝元の命で彼を世話 する「たか」に、なぜ自分の命を捨ててまで兄とともに戦うのか、と間われて、 彼はたどたどしい日本語で答えます。「愛する人を殺すから」 外国映画に描かれる日本と日本人は往々ステレオタイプ(紋切り型)で、 どこか違和感があるのですが、この映画は精密な考証で歴史ドラマを作る ことで知られる監督の作品だけに、あまり違和感を覚えませんでした。あく までも物語で、サムライを理想化しすぎているような部分に面映い気持ちも 働きましたが、制作者が武士道倫理ともいうべき日本の古い価値観に敬意 と愛情を持って作ったことは確かでしょう。
 二十一世紀に入った今、こういう 映画を作ったアメリカ人がいたということ自体驚きでした。多くの日本の若者 がこの映画に感動の涙を流したということにも驚きました。 戦後の日本は、個人の自由が強調され、個人の利益が優先されて、他者 のため、公のために生きようとする精神が失われてきたのではないでしょうか。 そのため、自分勝手なエゴイストばかりが育ち、大人の世界にも、子どもの 世界にも、いじめや虐待などが増えてきたのではないでしょうか。他者への 優しさ、公への奉仕の精神がなければ、健全な家庭も国家も形成されない でしょう。 他者のため、公のために自己を犠牲にする―――これこそ究極の優しさ なのかもしれません。だとすれば、優しくあるためには、強靭な精神力、確た る倫理観、勇気、節制、平素の鍛錬などが不可欠でしょう。本物の優しさに は、自分に打ち勝つ強さの裏打ちがあるような気がしてなりません。
今の 日本人にほんとうの優しさはあるかと、『ラスト・サムライ』を観て思いました。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(4月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。

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