真実を語る勇気』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
先日、東京で、『完訳 紫禁城の黄昏』(上下二巻。祥伝社)の出版を祝う会が盛大に行われました。原著者は、満洲国最後の皇帝・溥儀の帝師(家庭教師)をしていたイギリス人学者、レジナルド・ジョンストン。訳は中山理麗澤大学教授、監修は渡部昇一上智大学名誉教授です。
 渡部先生は「監修者まえがき」でこう書かれています。
「『紫禁城の黄昏』が、極東軍事裁判(東京裁判)に証拠書類として採用
されていたら、あのような裁判は成立しなかったであろう」
 博儀が十三歳のときから側にいたジョンストンは、アジア最大の文明
を誇っていた清朝の衰退過程、そして最後の皇帝の満洲国建国と復位
の願いを熟知していました。そこで彼は、知日家でも親日家でもありま
せんでしたが、歴史の証人として、学者のプライドをかけ、誠実・正確に
本書を著したのだと思います。原書には溥儀の親書が序文として掲載さ
れ、宣統帝の御璽が捺されています。溥儀自身、本書が貴重かつ重要
な歴史書であり、記述にウソはないことを認めているのです。
しかし、なぜか、東京裁判所は証拠資料として採用せず却下しました。
もし採用されていれば、裁判の眼目であった「共同謀議」も成り立たず、
満洲国建国を日本の大陸侵略と一方的に断じることはできなかったでし
ょう。
 映画『ラスト・エンペラー』(一九八七年)が評判になって間もなく、『紫禁
城の黄昏』の邦訳が岩波文庫に入りました。ところが、不思議なことに、全
二十五章のうち、第一章から第十章までを「主観的な色彩の強い前史的
部分だからと省略しています。渡部先生は、「清朝を建国したのが満洲
族であることの、どこが主観的なのか」と指摘されます。
やはり省略されている第十六章についても、「満洲人の王朝の皇帝が、
父祖の地にもどる可能性について、当時どのような報道や、記録があったのかの第一級資料である。日本の政府が全く関与しないうちに、それは大陸での大間であった。淳儀がジョンストンと日本公使館に逃げ込んできた時の芳沢公使の当惑、その後も日本政府がいかに溥儀にかかわることを嫌ったか、
その側にいたジョンストンの記述ほど信用なるものはない」と記されていま
す。序章でも、薄儀に忠義だった清朝の人の名前が出てくるところは削っ
てあると指摘し、一つまり岩波文庫訳は、中華人民共和国の国益、あるい
は建て前に反しないようにという配慮から、重要部分を勝手に削除した非
良心的な刊本であり、岩波文庫の名誉を害するものであると言ってよい」
と述べられています。
 このことは、戦後六十年の日本の言論界を象徴的に表しているように思
います。そのため、日本人の中国に対する歴史認識がどれだけ歪められ
てきたことでしょう。渡部先生の真実を求める探求心と真実を語る勇気から、
このたび画期的な出版が実現しました。私たちも勇気をもって歴史の真実
を語る時がきたと思います。
※宣統は清朝最後の元号。宣統帝は溥儀のこと。御璽は皇帝の印。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(7月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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