『不屈の精神
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
過日お会いした小柴昌俊(こしばまさとし)東京大学特別栄誉
教授の、キラキラ輝く少年のような瞳を、忘れることはできません。
ニュートリノ天文学を開拓され、2002年にノーベル物理学賞を
受賞された小柴先生の瞳は、不屈の精神で人生を生き抜いて
こられた証です。
先生は三歳で実母を亡くし、継母に育てられました。中学に上
がるときに、軍人だった父親が満洲に行くことになり、母と姉、弟
二人はついて行きましたが、小柴少年は陸軍幼年学校へ進め
という父の命で親戚に預けられ、横須賀に残りました。横須賀中
学(旧制)では、よく遊び、よく学んで、一年の終わりには陸軍幼
年学校の試験を受けることになっていました。ところが、その年の
十月に小児マヒにかかり、さらにジフテリアにもかかって、二か月
の入院生活を余儀なくされたのです。そのとき、担任の先生が
アインシュタインの『物理学はいかに創られたか』を持って見舞い
に来ました。小柴少年はその先生が大好きでしたので、先生の
教える数学が好きになり、このとき贈られた本が物理学との出会
いとなりました。
それまで、家から中学まで四キロの道をバスで通っていましたが、
無事退院したものの手足の動きが不自由になり、バスのステップ
が上がれなくなりました。しかし小柴少年は、逆境の前に挫けず、
リハビリを兼ねて徒歩通学をすることにしたのです。幼児のような
足どりで、片道二時間半かけて、毎日通い続けました。効あって
足は元に戻り、左腕も回復しました。この徒歩通学が強い意志力
をさらに強靭なものに鍛え上げることになりました。
やがて進路選択の時期が来ました。もはや軍人にはなれない
ので、高等学校へ行くほかなかったのですが、二年続けて受験
に失敗し、高校浪人になりました。しかし、ここでもめげることなく
勉強して、一高(現・東大教養学部)に受かりました。
 合格の報を中国大陸の父親に郵送したのは二月。敗戦直前
当時の郵便事情は悪く、父親の手元に届いたのは半年後の八
月でした。父親は敗戦で切腹を決意していたのですが、息子の
一高合格を知って自決を思いとどまり、家族のために日本へ帰
ろうと考え直しました。「これが、ぼくのした唯一の親孝行です」と
小柴先生は微笑まれました。以後も多難でしたが、先生は常に
明るい気持ちで前向きに歩まれ、学者の最高峰に立たれたの
です。
 人並み以上の逆境を乗り越えてこられた小柴先生の、「中学
時代がいちばん大事」という言葉の意味がよく理解できました。
この時期にどんな人に出会い、どんな本を読み、どんな心がけ
で過ごすか、それが人生の基礎になるのです。平和で豊かな
今の日本は、はたして中学生にどんな困難にも負けない不屈
の精神を育てる教育をしているでしょうか。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(9月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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