| 2004年9月、アテネで開催されたパラリンピックの車いすテニス 男子ダブルスで、K君はみごと金メダルに輝きました。欧米では 長い歴史を持つ車いすテニスは、レベルの高いスポーツです。 選手層も厚く、試合に勝つにはたいへんな修練が必要です。 その頂点である大会で金メダルを獲得したのは、日本の車いす テニス史上初のことで、アジアでもはじめての快挙です。 K君が脊髄腫瘍で足が動かなくなり、車いす生活を余儀なくさ れたのは、小学四年生のときです。好きな野球ができなくなり、 絶望の日々が続きましたが、六年生のときに両親からスポーツを 勧められ、障害者スポーツセンターに連れていかれました。 そこで車いすテニスと出会い、研修センターに通い始めたことが、 K君の生き方を変えることになりました。 K君は当初、車いすテニスを軽く見ていましたが、車いすを自在 に操り、ボールを追って縦横無尽にコートを動き回るハードな競技 であることに驚き、魅了されました。出会ったコーチがすばらしい 人で、テニスの技術のみならず、車いす生活全般にわたって指導 してくれました。障害を持ちながらも一生懸命に生きる人々ともふれ合い、心の世界が広がりました。 高校は環境に恵まれた麗澤高等学校に入り、麗澤大学に進み ました。大学に入るとすぐに運転免許を取得、それまでは練習や 試合にお母さんが車でついてきてくれましたが、それからはどこで も自分で行けるようになりました。 「テニスは基本的には個人プレーですから、あらゆる面で自分と の闘いです。精神的にまいってしまうと、よいショットがなかなか打 てません。相手に勝つ前に、自分に克つことをテニスから学んでい ます。精神的なプレッシャーが自分を強くしてくれます」 そう語るK君は、いつ会っても明るくさわやかなスポーツマンです。 その人柄と生き方が多くの人に勇気と希望を与え、千葉県から県 民栄誉賞、柏市から市民特別功労賞を授与され、平成十七年度 優秀学生顕彰事業ではスポーツ分野で優秀賞に選ばれました。 困難に負けないK君の強い精神力に、心から拍手と声援を贈り たいと思います。社会に目を向けると、幼児虐待や弱者を狙った 若者の凶悪事件は跡を絶ちません。戦後教育は、このような心の 弱い自己中心の若者を、なんと多く生んだことでしょうか。それだけ に、ハンディキャツプを克服して努力するK君の存在は、ますます 輝きを放っています。 先日行われた全日本のシングルスでは、惜しくも準優勝に終わり ました。 二年後の北京大会に向けて、K君のさらなる挑戦は続きます。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』2006(3月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |
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