| 最近は家族の間でも耳目を疑うような事件が相次いで起きています。動物の世界で親子やきょうだいが殺し合ったりしたなどということはあまり聞きませんので、人間が動物以下になってしまったと言えるかもしれません。犯罪をおかし、捕まる前に交番を襲った中学生まで現れましたが、これらは氷山の一角でしょう。戦後日本の民主主義社会では、自由と権利ばかりが強調され、その結果、自分を制御できない人間を多く生んでしまったのではないでしょうか。 K市の「子どもの権利条例」には「ありのままの自分でいる権利」があって、その具体例として「安心できる場所で自分を休ませ余暇を持つこと」「子どもであることをもって不当な取扱いを受けないこと」などが挙げられています。一見、当然のことのようですが、例えば勉強もしないでゴロゴロしている子どもに、「何をしているんだ。しっかり勉強しろ」と父親が叱ったとすると、この条例違反になりかねないということです。 条例の背景にあるのは「子どもの自己決定権」で、子どもは自分に関することは自分で決める権利を持っているという考え方です(八木秀次著『公教育再生』PHP研究所参照)。 判断力も責任能力も十分に育っていない子どもに、「すべて自分で決定する権利があるのだから、なんでも自分で決めなさい」などと言ったら、学校に行こうが行くまいが、生きようが死のうが、自分で決める、親も社会も関係ない、という子どもが出てきたとしても、不思議ではないでしょう。 「三つ子の魂百まで」「鉄は熱いうちに打て」という言葉があります。幼少時のしつけは、子どもの人間性を形づくる基本となるものです。しっかりとしたしつけを行うことは、親や大人の責任だと思います。 享和三年(1803年)、会津・鶴ヶ城のそばにつくられた藩校・日新館は、江戸時代の藩校の中でも最大規模の教育機関でした。八千坪ほどの地に武道場や校舎、天文台、水練水馬池(プール)まで備えていました。慶応四年(1868年)に戊辰戦争で焼失するまで(昭和62年に復元)、会津藩士の子どもたちは十歳になると入学が義務づけられていました。 あの有名な白虎隊も、義和団事件で活躍した柴五郎も、ここの出身です。日新館教育は入学前の六歳ごろから始められ、子どもたちは近隣の仲間十人で一組となり、「遊び」と「お話」の中で七か条からなる藩士の心得を繰り返し教え込まれました。 その「什の掟」とは------ 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ 二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ 三、虚言(うそ)を言うことはなりませぬ 四、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ 五、弱い者をいじめてはなりませぬ 六、戸外で物を食べてはなりませぬ 七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ ならぬことはならぬものです」 藤原正彦お茶の水女子大学教授も、七つめを除いて非常に納得できると言い、結びの文句について「要するにこれは『間答無用』『いけないことはいけない』と言っている。これが最も重要です」と述べています.、そして、本当に重要なことは、親や先生が幼いうちから押しつけないといけない。たいていの場合、説明などは不要。子どもは反発したり、後に別の新しい価値観を見いだすかもしれないが、それはそれでよい。初めに何かの基準を与えないと、子どもとしては動きがとれない、と言っています(『国家の品格』新潮新書参照)。 非行に走る少年も、身動きできないでいる二ートも、社会の鏡であり、その責任は大人にあると言えましょう。個性重視、自主性尊重、ゆとり教育などという名目で子どもを甘やしてばかりいては、複雑で不条理な社会を生き抜く力は育ちません。幼少時に、人として生きるためのしつけをしっかり行い、社会人として必要な最低限のルールを厳しく教え込まなければ、子どもの健全な発達はとうてい望めません。私たち大人は「教えざる罪」に思いをいたさなければならないと思います。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2007年4月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |