| 今年二月、一人のおまわりさんの英雄的な行為が全国民に感動を与えました。 宮本巡査部長は、踏切に入った自殺志願の一人の女性を助けようと、必死の努力をしたにもかかわらず、みずからの命を犠牲にしてしまったのです。 宮本さんは、どんな人にも親切でした。交番の近くでころんだ子どもに絆創膏を貼ってあげました。落とし物を届けにきた子どもにやさしく「ありがとう」と言いました。そんな"町のおまわりさん"のために、子どもたちは千羽鶴を折って回復を祈りました。地元の市民のみならず、全国から回復を祈る手紙やメールが届き、花束が贈られました。しかし、全国民の願いも空しく、六日後に息をひきとりました。葬儀に はたくさんの市民が訪れ、宮本さんの死を悼みました。 昨今の社会風潮はますます悪化して、自己中心の利己的な人が多くなっています。政治家や大企業の不祥事から、犯罪、いじめ、家庭内暴力に至るまで、そうした風潮が影響しているように思います。それだけに、みずからの命を犠牲にして職務を全うした宮本さんの行為は尊く、多くの人々の心を打ちました。今時このようなおまわりさんがいたのか、どのような教育を受けてきたのだろうか、ご両親はさぞかし立派な方だったに違いない……等々の思いがよぎりました。 さらに、大都会の真ん中でなぜこのような悲劇が起きてしまったのかと素朴な疑間も持ちました。周囲にはたくさんの人がいたのだから、なんとかならなかったのかと思ったのは、私一人でしょうか。これが外国なら、きっと多くの人が手伝って、一人の犠牲者も出さないで済んだかもしれません。外国でなくても、昔の日本で もそうであったように思います。「義を見てせざるは勇無きなり」「智者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は催れず」「智仁勇の三者は天下の達徳なり」などという『論語』や『中庸』の言葉を、昔の日本人は教養としてだれでも知っていました。 そこから、人間として恥ずかしいことをしてはいけない、名誉を尊ばなければいけない、弱い者をいじめてはいけない、困っている人がいたら助けなければいけないという、あたりまえの道徳基準を自然に身につけていたように思いま一す。そして、あのような場面に遭遇したら、躊躇することなく協力して、一人も犠牲者を出 すことはなかったような気がします。戦後の日本は平和国家をめざし、経済は発展し、物質的には豊かになりました。しかし、ほんとうに豊かな国になったでしょうか。教育の場で、生命や人権の尊重が声高に叫ばれてきましたが、それは自分の命、自分の人権だけを大切にする利己的な心を増長させ、他の人の人権、他の人の命を思いやる心を育ててこなかったのではないでしょうか。心は貧しくなっているのではないでしょうか。 「人心これ危うく、道心これ微なり」(『尚書』「大禹謨篇」だいうぼへん)という言葉があります。人心すなわち利己心のままに進むと人生は危うく、他の人や社会にも害を及ぼします。道心すなわち道徳心は、かすかとは言え確かに存在し、人間として正しいことをするようにと導いています。昨年改正された教育基本法にも「道 徳心を培う」とあるのは、しごく当然のことと思います。 子どもの道徳心を培うだけではなく、日本人一人ひとりが道徳心の大切さに気づき、本来あるべき人問の姿を取り戻すことが、今の日本でもっとも大切なことではないでしょうか。それが、これからの日本を真に豊かで美しい国にしていく道だと思います。宮本さんのような悲劇を二度と繰り返すことのない社会を実現したい と願っています。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2007年5月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |