| 昨今の日本社会には、健全な常識感覚から外れていることが満ち満ちています。社会保険庁のずさんな事務による年金記録の不備、元公安調査庁長官による朝鮮総連を巡る詐欺事件、豚肉を混入したひき肉を牛ミンチとして出荷し、外国産鶏肉を国内産と偽って販売した食肉偽装事件、天然ガスの検知器が設置さ れていなかった東京・渋谷の天然温泉爆発事故、跡をたたない親子間、夫婦間の殺傷事件、教師や警察官、裁判官の不祥事、さらには山口県光市の母子殺害事件に関して犯人と人権派弁護団が提起した唖然とするような物語……。 行政や企業が信用できない。家族に絆がない。子どもを教師に委ねることができない。警察官や裁判官、弁護士を信頼できない!とすれば、何を信じ、何に頼ったらよいのでしょうか。 これらの事象には共通するものがあります。それは、自分さえよければよいという利己心であり、他の人や社会がどうなっても知ったことではないという無関心と無責任な精神です。日本人はいつからこのような国民に成り下がってしまったのでしょう。 過日、渡部昇一上智大学名誉教授と対談させていただく機会がありました。そのとき、渡部先生は、戦前の日本人はプライド(誇り)のある国民だったと実感したエピソードを話されました。以前、イギリスに行かれたとき、田舎の古本屋で本を山のように求め、その場で清算しようとしたら、「清算は後でいい。送っておくか ら送り先を書け」と言われ、帰国したら本がちゃんと届けられていたというのです。こちらが払わないかもしれないと、なぜ疑わなかったのか。それは、明治以来、「日本人は不義理をしない」ということが口伝として伝わっていたからだと渡部先生は言われます。私たちの先輩方は国の代表としての気概を持っていたのでしょう。 「だからメンツにかけて不義理なことはしなかったのだと思います。プライドがあったから、悪いことや卑しいことはできなかった。私は日本の先輩たちに感謝しましたよ」と渡部先生は結ばれました。 昔日の日本人のすばらしさをあらためて思う私の脳裏に、親しくさせていただいているブラジルの日系人の方々が浮かびました。ブラジルに移住された皆さんは、筆舌に尽くしがたい苦労を重ねましたが、勤勉、正直、親孝行、努力、質素、忍耐、礼節、和の精神等々、日本人本来の美質を発揮し、誠実そのものの生き方を貫いて、"Japones e garantido"(日本人は確実で、言ったことは保証する)と言われるほどの信頼と信用を築かれたのです。 来年の2008年はブラジルに日本人が移住し始めて百周年。日系社会はこの佳節を祝う準備を進めています。昨年末には「ブラジル日本移民百周年記念祭典実行委員会」が大統領令で発足しています。ブラジル政府は日本移民が同国に貢献してきた事実を熟知していて、国をあげて百周年を祝おうと考えているのです。その計画の一環といえる大きなプロジェクトが二月末にサンパウロ州教育局より発表され、邦字新聞に概要が報道されました。タイトルは「素晴らしい日本文化を青少年たちに/『ビバ・ジャパン』で学ぼう」。州内の小・中・高等学校の授業で児童・生徒が日本について学び、日本文化への理解を深めて、新聞の形やホームページなどで発表するという企画もあるようです。 ことほどさように、私たちの先人・先輩は日本人としてのよき国民性を発揮し、輝かしい足跡を各所に残してきたのです。ところが今日の日本人は利己的で、他の人や社会に対しては無関心で無責任。その原因は、よき国民性の根源である歴史や伝統文化を断ち切った戦後教育にあります。今最も必要なものは、誇りと誠実さを培う真の人間教育であり、それは、健全な常識感覚を持って当たり前のことを当たり前に行う日本人をつくっていくことだと思います。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2007年9月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |