| 十二代目市川團十郎の歌舞伎十八番「助六」を初めて見ました。歌舞伎座百二十周年を記念して久しぶりに公演されたのです。江戸新吉原の全盛の花魁・三浦屋揚巻の愛人、花川戸助六の物語です。 助六は、道行く人や郭の客に喧嘩を吹っかけては刀を抜かせます。助六は実は曽我五郎で、盗まれた源氏の宝刀友切丸を捜していたのです。やがて兄の十郎と二人して喧嘩をしかけ、相手が武士でも股くぐりをさせます。そしてついに髭の意休が刀の盗人であることを突き止めるのです。これだけの物語に二時間以上もかけるのですが、歌舞伎の様式美に酔っているうちに時が過ぎていきました。 股くぐりの場面では、江戸という時代の特質を垣間見たような気がしました。「助六」の初演は正徳三年(1713年)、江戸山村座で二代目市川團十郎が演じたといいますから、これは三百年も続いている大定番です。士農工商の時代に、い くら芝居とはいえ、江戸っ子を代表するような気質、風体の助六の股下を、よくぞ武士にくぐらせたものだと思います。権力や権威に屈しない江戸っ子の心意気とともに、江戸という時代の大らかさ、日本文化の豊かさをあらためて感じました。 昨秋、滋賀県の石山寺を訪ねたときも、同様の感を持ちました。この寺には「源氏の間」があって、紫式部がここに七日間参籠し、月を見ながら『源氏物語』の着想を得て、筆を起こしたと伝えられます。それが平安時代の寛弘元年(1004年)ですから、千年以上も前のことになります。アメリカ合衆国などは影も形もなかった時代に、日本では女流の作家が大長編の恋愛物語を書いたのです。数多の女性の間をめぐる光源氏はプレイボーイの典型のような印象がありますが、源氏の研究者の中には彼を女性に翻弄される哀れな男と見る向きもあるようです。いずれにせよ、読む者を興味深い愛の世界にいざなう紫式部の文才に感心するとともに、この物語を生んだ日本文化の土壌の豊かさに驚かされます。 さらに日本には、千三百年近く前の奈良時代に大伴家持がまとめたとされる『万葉集』もあります。日本最古の、全二十巻のこの歌集に採録されている和歌は、およそ四千五百首。それには、天皇や貴族、下級官吏、防人から一般庶民、遊女の歌まであるのです。差別などとは程遠い日本文化のありように、驚きと感動を禁じえません。 昨年、フランスのタイヤメーカーが東京のレストランガイドを発行し、アジアで初めてとのことで、大きな話題になりました。日本文化そのものである日本食のレストランを西洋人が格付けしているのです。それに一喜一憂する姿は正に戦後の日本を象徴しています。長い伝統のある日本文化の豊かさ、すばらしさは、まず私たち大人が再認識すべきではないでしょうか。それを一人でも多くの若者に伝え、豊かな文化を持った日本に生まれた喜びと誇り、そして感謝の念を持ってもらいたいものです。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2008年3月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |