| 昭和二十二年から二十四年生まれの人は全国でおよそ八百万人います。その「団塊の世代」の働き手が、昨年から定年退職で企業活動の第一線を退き始めました。 団塊の世代は、戦後の貧しい中に生まれ、一生懸命に働く親世代の背中を見て育ちましたので、親を大切にする心が自然のうちに養われました。 きょうだいや友だちが多かったので、他を配慮する心や公共心もおのずと培われました。親や学校の先生は戦前の教育を受けた人たちで、善悪の判断に迷いがなく、子供が悪いことをするとキチンと叱りました。 親や先生はいわば"怖い存在"で、そのおかげで団塊の世代は人間としての最低限の常識やマナーを身につけることができました。 社会に出ては親世代に倣って一生懸命に働き、会社のため、社長のためなら、たとえ火の中、水の中で、家庭や健康も犠牲にして仕事に没頭しました。奮闘努力すれば、昨日よりも今日、今日よりも明日と、会社も、自分の生活もよくなっていくのだという"明日への希望"がありました。白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫のいわゆる三種の神器に代わって、カー・クーラー・カラーテレビの3Cが登場し、その新三種の神器を手に入れるためにさらに意欲を燃やして働きました。それが日本の右肩上がりの経済発展を支えました。 団塊の世代が企業の第一線から退くことで、労働力不足、技能・技術の継承の途絶などが懸念されていますが、その影響は企業にとどまらず、社会の あらゆる面に及んでいます。 現今の日本社会では、若者による無差別殺人、家庭内殺人が頻発し、暗澹たる気持ちになることが多くなりました。それら悲惨な事件の数々は、団塊ジュニアが引き起こす例が少なくなく、親世代がしてきたことに反省の目を向ける必要もあるのではないかと考えています。 団塊の世代は、自分を犠牲にしてまで会社のために尽くし、日本の経済発展に貢献しました。反面、家庭を顧みず、子供たちは置き去りになり、家族の絆が希薄になりました。 子供たちは身近に"怖い存在"もなく、物は豊富なので"明日への希望"も持ちにくく、虚しい心のまま青年になり、何か面白くないことがあると我慢できないで捌け口を他に求め、人を傷つけてしまうのではないでしょうか。経済中心で、家庭を顧慮しなかった団塊の世代には、こうした歪みを直す責任があると思うのですが、いかがでしょうか。 団塊の世代は、戦前の日本が持っていた良き国民性---勤勉、正直、質素、忍耐、倹約、親孝行、和の精神などを、戦前の教育を受けた親世代から直接叩き込まれた最後の世代だと言えるでしょう。その、世界に誇る日本の良き国民性を、次の世代にしっかりと伝えていってもらいたいものです。 二十一世紀の日本が正しい方向に行くのか、間違った方向に行くのか、その責任は団塊の世代にあると言っても過言ではないでしょう。 残された時間は決して多くはないと思います。 本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2008年9月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。 |