『 インスタントラーメン五十年
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  終戦直後の大阪・梅田の焼け跡で、一杯のラーメンを食べるために、寒い中、人々が屋台に列をなしていました。その光景を目にした安藤百福さん(日清食品創業者)は、おいしい、あたたかいラーメンを、だれでも手軽に食べられるような世の中をつくりたいと思い、ラーメンの工業化を志します。自宅の敷地内に小さな作業小屋を建て、安価・安全で簡単に食べられるめんの開発に取り組むのです。
試行錯誤を続けるうちに、奥さんが天ぷらを揚げているのを見てフリーズドライ製法(瞬間油熱乾燥法)を思いつき、お湯をかければ食べられる「チキンラーメン」を開発、昭和三十三年(1958年)に発売します。
 私は、チキンラーメンを初めて食べたときのことを思い出します。小学生のころ、めんを入れたどんぶりに湯を注ぎ、ドキドキしながら三分間待ちました。おいしいラーメンがこんなに簡単にできるのかと、子供心に感激と驚きを覚えたものです。
 その後、多様なインスタントラーメンが開発され、高度経済成長と歩調を合わせるように家庭に広がり、国民の食生活を一変させます。海外にも普及し、「カップヌードル」として世界中の人に親しまれるようになります。
今や年間消費量は一千億食。戦後の焼け跡で安藤さんの胸に宿った志が原点です。
 "経営の神様"松下幸之助さん(松下電器産業創業者)も、志に生きた人です。松下さんは恵まれない幼少期を過ごし、弱い体で丁稚奉公から始め、電気器具の製作所を創業、昭和七年に有名な"水道哲学"を発表します。「産業人の使命は、水道の水のごとく、物資を安価無尽蔵たらしめ、楽土を建設することである」。松下さんはその使命を着実に達成し、世界の松下"を築き上げます。グローバル化時代に対応して今年から社名をパナソニックとし、松下の名は消えましたが、創業者の精神は脈々と生き続けていくでしょう。
 私たちは、環境や条件が悪いから何もできない、というマイナス発想に陥りがちですが、安藤さんは焼け跡でラーメンの工業化を心に描いて実現し、松下さんは国が貧しい時代に電器産業の壮大なビジョンを描いて達成し、ともに人類社会の幸福を増進したのです。何もなくてもやれることはある、というプラス
発想の力を二人は示しています。二十一世紀に生きる私たちは、コンビニや
電化製品に囲まれ、便利な生活を享受しています。それは、この二人に代表される偉大な先人たちの血のにじむような努力の賜物であることに思いをいたし、感謝の心を忘れてはならないでしょう。第二の安藤さん、松下さんが出ることを期待するとともに、私たち自身、先人を範に次代を切り拓く努力をしていかなければならないと思います。
秋の夜長に『転ばぬ先の「超人」語録 人間盛りは百から百から』(秋庭道博著。麗澤大学出版会刊)を読み、安藤さん、松下さんら先人の息吹に触れて、勇気と希望がわいてきました。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2008年12月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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