「『武士道』はいずこへ
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  ある夜、帰京する新幹線の車中で、櫻井よこさんの近著『明治人の姿』(小学館新書)に読みふけっていました。杉本鉞子(すぎもとえつこ)の『武士の娘』を紹介した、感動の物語です。
 鉞子は、戊辰戦争で破れた長岡藩の家老稲垣家に明治六年に生まれます。貿易商の夫と結婚して米国で暮らし、二人の女児に恵まれますが、夫は病で亡くなります。鍼子はしばらく日本で過ごしますが、次女の教育のため再び渡米、そこで日本紹介の文を英語で綴って雑誌に連載します。やがて『A Daughter of Samurai』のタイトルで単行本となり、のちに日本語、ドイツ語、フランス語など七か国語に訳されます。
これはまさに「女性の書いた武士道」とも言うべき本です。鉞子らの歩んだ道は、現在の義務教育などは及びもつかない、男子顔負けの厳しいものでした。
例えば、鉞子の時代には、一般に「身に受ける苦しみはかえって心のはげみになるもの」という考えがあり、稲垣家では冬の最も寒い一か月間の、とりわけ寒さが厳しい九日目(寒九)に勉強に精を出しました。近く嫁ぐことになっていた十四歳の姉は裁縫を、六歳の鉞子は習字の勉強を「東雲に暁の光がさし初め」るころに始めます。乳母に手伝ってもらいながら身支度を整え、縁側に座って習字に励むのです。火鉢などは使いません。庭一面雪に覆われ、落ちたばかりのけがれのない雪を硯に入れて墨をすります。清らかで厳粛な中で心の修養を積んでいくのです。
複雑な運筆は精神修養の重要な柱です。「心の糸の乱れや不注意はおおうべくもなくあらわれますので、一点、一劃にも心を落着けて正確に筆を運ばなければなりません。このように心をこめて筆を運ぶことを通して、私共、子供は心を制御することを学んだのでございます」と鉞子は述べています。
 しんとした新幹線の車中で、私は心静かに読書の感興に浸っていました。そのとき突然、隣席で大きな着信音がしたので、驚きました。携帯電話の持ち主は若い社会人女性です。周囲を驚かせ、詫びのひと言でもあるかなと思っていましたが、彼女は弁当をほおばりながら電話で普通に話し始めたので、さらに驚かされました。意を決して注意をしましたが、最初は不思議な顔をしていて、最後まで謝罪の言葉はありませんでした。読書の喜びから現代の日本に突然引き戻され、疲れた足取りでホームを降りて家路についた一日でした。
本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2009年6月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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