『神々の美術』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
 蝉しぐれの七月の末、東京国立博物館で催された「伊勢神宮と神々の美術」展(九月六日まで)に足を運びました。
伊勢神宮(三重県伊勢市)では、二十年に一度、社殿や神宝のすべてをつくりかえ、旧殿のご神体を新殿にお遷しする式年遷宮の伝統があります。
今回の展示は、きたる平成二十五年の第六十二回式年遷宮を記念した特別展で、過去の遷宮で新調された神宝や装束のほか、各地の神社に伝わる国宝級の古神宝が多数公開されていました。千数百年の時を重ねた"神々の美術"の精華に、心洗われる思いがしました。展示物の中でとりわけ観覧者の目を引いていたのが、昭和四年に調えられた「玉纏御太刀」(たままきのおんたち)です。柄は金銅の輪金に十の小鈴、鞘には琥珀、瑠璃、水晶など数百の玉をまとった装飾は、まさに息をのむ美しさ。室町時代の神宝図巻に同じ姿が描かれており、百年千年変わらぬ形を継承する事実の迫力にただただ感動させられました。偶然士中から発見されたという鎌倉時代の御太刀も古神宝として陳列されていました。
 明治まで、神宝類は二十年の役を終えると燃やすか土に埋められていたそうです。神のお使いになった品々が、人の手に渡るのは恐れ多いとの考えからです。神々のために命がけで調え続けた、技術者達の息づかいが感じられ日本人の信仰心の奥深さを実感しました。
 森羅万象の自然の中に、時に神様を見、時に仏様を感じる日本人の信仰心は、実に純粋で気高く素朴であると思います。特に神道と仏教は、大和魂や武士道などわが国固有の徳目の源流であり、神も仏も同じく尊きものとして信仰されてきた歴史があります。
 その証左の一つが「神像」です。古来、神々の姿が像に写し取られるごとはありませんでしたが、八世紀半ばから、仏教の影響を受けて神像が造られ始めました。「伊勢神宮と神々の美術」展では、各地に残る神像も公開されています。長らく神仏は一つと捉えられていましたが、明治の廃仏毀釈で神と仏は分離され、さらに敗戦によって、神話や神々を教育現場で扱うことがタブーとされるに至り、日本人の信仰心はぷっつりと断ち切られてしまいました。
 目先の快楽や損得に目を奪われ、お金のように目に見えるものしか信じられなくなった現代の私たち。常に神や仏がおわすがごとく暮らしてきた、純粋で気高く素朴な信仰心をもう一度取り戻さなければならない。そんな感慨を抱いて、盛夏の上野公園をあとにしました。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2009年10月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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