『現代の寺子屋』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
 今年の夏も、四国地方のある町で、小さな学校がひっそりと幕を開けました。学校といっても決まったカリキュラムも教科書もなければ、授業料さえありません。農家の倉庫を改装した小部屋が、この学校唯一の"教室"です。
 自ら学び、自ら習う。「自学自習」のモットーのもと、小学生から中学生までの子供たちが、夏休みの宿題や受験の参考書を小脇にかかえ、顔をそろえます。定刻になっても教室に授業の声が響くことはありません。静寂のなか、参考書をめくる音、字を書く音だけが聞こえます。
 ふと一人の子供が手を挙げました。サッとそばに寄ったのは講師役として参加している高校二年生の女子生徒です。その子が解き悩む算数の間題を読みながら、彼女は解答のヒントをゆっくりと優しく説き始めました。教室には大学生や社会人の講師もいて、自分の勉強をしながら、子供たちの質間に答えています。彼らはみな、この小さな学校「岡田塾」の卒業生です。
 今から四十年前、徳島県阿南市のFさんが自宅で開いた学習会を始まりとし、昭和四十八年、麗澤高等学校(千葉県柏市)教諭の0さんの尽力により、現在のスタイルが整えられました。ここで学び、巣立った弟子たちが、やがて講師となり学んだことを伝えていく。まさに現代の寺子屋といえましょう。
 この小さな学校も、平成四年にその門を閉じかけました。Oさんが病魔に倒れ、四十一歳の若さでこの世を去ったのです。しかし、その一年後、教室に再び光が戻りました。「先生の遺志を、この塾を絶やすまい」と教え子たちが立ち上がったのです。
 講師役をかって出る人、おやつや軽食のお世話をする人、事務を取りまとめる人。無数の善意と熱意により、ますます盛況となる塾の様子を、先日招かれた
開設四十周年の記念の日に、私は目の当たりにしてきました。
 教師と生徒に敬愛の情なく、子供たちの目に輝きが、心に志がなくなりつつある今。熱意が支えたこの小さな学校の快挙に、教育の原点を見た思いがいた
しました。今後のますますの発展をお祈りします。
本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2009年11月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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