『ビバ日本移民』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
 四車線の道路をまたぐように立つ大鳥居。輝く太陽が朱の色を鮮やかに照らしています。この九月、ブラジル・モラロジー四十五周年の式典に向かう道すがら、サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス市でこの大鳥居に迎えられました。
咋年のブラジル日本移民百周年を記念したもので、笠木には両国の国旗が刻まれています。
 明治四十一年、最初の日本人が海を渡りました。農業労働者として渡航した彼らは、生き抜くためにジャングルを開いて荒地を耕し、ついにブラジル日系社会の礎を築きます。現在ブランルの日系人は百五十万人あまり。全人口の1パーセントにも満たない日系人が、今や軍や政財界の要職を担い、ブラジル社会に欠かせない仔在となっています。
 昨年モジ市に建設された「百周年公園」は四つの池に遊歩道、移民資料館も備えた壮大なもので、一角には、公園建設当時の市長・安部順一氏(日系二世)による趣意書のモニュメントがあります。そこにはこうあります。「これは日本移民百年の功績を誇示するためのものではなく、私たち先祖の移住者を快く迎え入れ、根づかせ、家族の構成を可能とした、この偉大なるブラジル社会への感樹
を表すべくして建設した」と。勤勉、努力、質素、忍耐、そして何より恩を大切に
する日本人の美徳が、世代を経て着実に継承されていることをうれしく感じました。
 このブラジル日系人社会にモラロジー教育の種がまかれたのが昭和三十九年。以後、四十五年にわたる歴代会員の努力により、モラロジーの精神は着実に浸透しています。その教育活動の最前線であるイタペチ生涯学習センターも道なき道を切り拓き、建設されたものです。けれども、誰もその苦労を誇ろうとはしません。その笑顔は「移民一世の苦労に比べたら、大したことはない」と語っているかのようです。
 モジ市の百周年公園は、日伯交流のよき憩いの場として街に溶け込んでいるのを感じました。この公園の隅に幅数メートルの小川があります。その流れは西へ向かい、はるか数千キロを旅しながら、南米大陸を潤すのだと現地の人が教えてくれました。明治の日本人が残したわずかな一滴が、百年を経て大河となり、国を潤している。ゆるやかな小川の流れに、日本移民の歴史が重なりました。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2009年12月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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