『国民の覚悟』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  四月、学園のキャンパスではさまざまな生命が躍動をはじめます。無数の花や草木、昆虫、そして人。春のやわらかな陽ざしを浴び、生きる喜びにあふれたその姿に、大自然の偉大さといのちの尊さを思います。
 今年一月の施政方針演説で、鳩山由紀夫首相は「いのちを守る」との政治理念を語りました。その言やよしですが、国家の最高責任者として、どこまで本気で
その覚悟があるのか、不安に感じたのは私一人でしょうか。
 リーダーの真価は、難局に直面した時にこそ試される−−−。それを思う時、頭に浮かぶのは、六千人を超える犠牲者を出した阪神・淡路大震災です。今年は震災発生から十五年目を迎え、テレビやマスコミで特集等が組まれていますが、残念なのはその中に、為政者の責任や対応を検証し、その教訓に学ぼうとするものがほとんどないことです。
 震災時の村山富市首相は、自衛隊の最高指揮官にもかかわらず、地震発生の第一報に何ら手を打たず、昼過ぎまで淡々と予定をこなし、発生直後から出動態勢だった近接の部隊は、火の手を前に待機するしかありませんでした。後日、初動の遅れを批判された自衛隊の中部方面総監が、涙ながらに語った無念の表情が、今も脳裏に焼き付いています。「近代国家とは人災によって三百人以上被害が出るような国ではない」。震災の惨状を知ったある外国の閣僚がそう語ったと伝えられています。かの震災に、国民のいのちを守るべき指導者の危機意識の甘さによる"人災"の一面があったことは否定できないでしょう。
 その苦い教訓から、日本はいったい何を学んだのでしょうか。一月の末、北朝鮮による拉致被害を題材とした演劇「めぐみへの誓い」を観て、今も祖国同胞の助けを一日千秋の思いで待つ被害者の方々の無念さに思いをはせました。犯罪国家に撰われたいのちを放置したまま、どれほど耳触りのよいスローガンを聞かされても、空しさが募るばかりです。
 災害をはじめテロ、紛争など、国家を揺るがす有事はいつ起こるとも限りません。果たして今の指導者に、国民のいのちを本気で守ろうという覚悟があるのか。主権者であるわれわれもまた、国民としての覚悟が今、問われているのです。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2010年4月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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