『最後のカウンセリング』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
   病室に入ると、その人は銀髪に優しい笑みを浮かべ、いつもと変わらぬ様子で迎えてくださいました。長年、不登校やいじめの問題の解決に携わり、悩める親子の救済に生涯をささげたWさん。いつ休むのかと思うほど全国を走り回っていたその身に、がんの診断が下されたのは昨年夏のことでした。
 持ち前の明るさで治療に臨むも、不治の病という現実に気を落とすこともあったといいます。そうした中でも、わが身をおいて悩める人を救わんとする、その姿勢は変わりませんでした。お見舞いに訪れた日、Wさんは病床で起きたカウンセリングについて、イキイキと私に聞かせてくれました。
 その新米看護師Nさんは、見るからに自信がなさげで、何かに悩んでいる様子がすぐにわかったそうです。この子の苦しみを、どうにか取り去ってあげたい。病苦に埋もれかけていた、カウンセリングの心が蘇りました。「Nさん、いつもありがとうね。あなた、ずいぶん辛そうに見えるけれども、よかったら一度話を聞かせてもらえない?」
優しい問いかけにNさんは親から愛情を注がれず、自分を肯定できない心境を打ち明けます。カウンセリングは先輩看護師にも及びました。Nさんをどう育てたらよいか、先輩たちも悩んでいたのです。「Nさんをなんとかしてあげたいというその思いは間違っていない。でも、あなたたちはNさんの心を変えようとしていない?」。Wさんは病床から看護師たちを優しく諭していきました。
 やがて病棟の雰囲気が変わり始めます。Nさんをはじめ、みながイキイキと働くその姿は病院中の話題となりました。人生の教えを請いたいと、他の病棟の看護師や医師までが病室を訪ねるようになりました。「こんな話は初めてです」「生きる勇気が湧いてきました」。一礼をして立ち去る医師や看護師の背中を、手を合わせて見送りました。
 私は驚きと感動で逆に勇気づけられた思いで病院を後にしました。元気になると信じて疑いませんでしたが、Wさんの訃報が届いたのは、そのわずか数日後のことでした。
「このカウンセリングを通じて私は再び生きる意欲を取り戻せました」。そう言って私にほほ笑みかけてくれた笑顔が忘れられません。
本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2010年6月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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