『日本の面影』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  数年ぶりに島根を訪ねました。梅雨時の山陰の旅は、かつての日本の面影と先人の息づかいにふれる三日間となりました。石見銀山を訪れたのは、世界遺産の登録三周年を迎えた翌日という日でした。ひっそりとした山景からは、かつて世界の銀の三割を担い、二十万人が活動したというシルバーラッシュの華々しさは感じられません。銀山の全体像や内部構造はいまだ九九パーセントが謎といいますが、間歩といわれる坑道では、わずかな灯火で掘り進んだ先人の息吹を感じました。山すその大森町には武家屋敷と商家が入り混じり、身分の別なく繁栄を分け合い、暮らしていた様子が見て取れます。翌日訪れた松江は、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの生誕百六十年にあたり、島根県立大学で教鞭をとる曾孫の小泉凡さんと親しく語らう機会を得ました。かつてGHQの天皇訴追に孤軍反対を貫いたボナー・フェラーズ准将の日本理解が、ハーンの著作に基づいていたことをうかがいました。また小村寿太郎も日露戦争の講和会議に臨むにあたって、ハーンの著作を熟読しており、小泉八雲記念館には、小村が書いた礼状もあります。日本の歴史の節目における、ハーンの役割の大きさをあらためて確認できました。
 中心部にある松江城は町のシンボルでもあり、市民の憩いの場所です。明治の廃城令で古材と鉄クズに解体されようとした際、地元住民の草の根運動で買い戻され、現在は山陰最古の天守閣をもつ貴重な観光資源となっています。松江の先人の感性と熱意に頭の下がる思いでした。
 がむしゃらに追求してきた経済発展の歩みの中に、私たちは大切な日本の魅力を置き忘れてきたのかもしれません。折しも市街では参議院選挙の候補者が、声を枯らして支持を訴えていました。ひっそりとしたお堀に囲れた松江城の重厚なたたずまいが、心に残りました。

本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2010 9月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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