『デジタル時代に思う』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  同時多発テロの衝撃で幕を開けた二十一世紀もはや十年。2011年はどんな年になるでしょうか。日本では、この三月に九州新幹線がいよいよ全線開通し
ます。昨年十二月の東北新幹線の新青森駅への延伸と相まって、北から南まで、より早く安全な交通手段が整いました。百二十年前に上野と青森をつなぐ鉄道路線が初めて全線開通したことを思えば、われら先人の偉大な業績に思いを致さずにはいられません。
 またこの七月には、テレビ放送が地上デジタル方式に完全移行されます。テレビやレコーダー、カメラと私たちの身の回りの品々は、近年のデジタル化の波に乗って、より便利なものへと姿を変えました。今や"デジタル〃という言葉は、本来の意味とは離れて、進化や未来の代名詞として用いられ、"デジタルでなければ時代遅れ"という感さえあります。
 デジタルという言葉は本来「指折り数える」ことを意味し、時計も1、2、3といった断続的な数字で表示します。片や"アナログ"の時計は、文字盤に示された数字の問を針が連続的に動いています。デジタルの特徴が「区切り」なら、アナログは「連続性=つながり」といえるでしょう。
 昨今のデジタル化の流れは、私たちの人間観や歴史観にまで影響しているように思います。勝ち組・負け組、肉食系・草食系という言葉には、物事を二者択一に単純化して区切り、どちらかに当てはめようとするデジタル感覚の影響があるのではないでしょうか。
 嫌なことや辛い過去も引きずりながら、一瞬一瞬がつながった"歴史"の中を生きるのが人問です。人のいのちも心も、スイッチ一つ押すだけで簡単にリセットできるわけがありません。人と人の"つながり"や家族の絆を軽視するような現在の風潮には大いなる不安を覚えます。
 今を生きる私たちは、過去からの先人のいのちを、後からくる無限大の子孫へとつなげていく存在です。デジタル化の流れ、それ自体が悪いのではありません。高度な科学技術を使いこなせる道徳をもって、この新たな時代を迎えることができれば、その先には洋々たる輝かしい未来が開けるはずです。今年がその新たな幕開けとなることを願ってやみません。
本稿は、財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2011年1月号)誌に掲載 されている 廣池幹堂理事長の「巻頭言」で、ご本人の承諾をいただき掲載をしております。
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