『大震災に思う』
モラロジー研究所理事長
廣池学園理事長
廣池幹堂
  春から初夏へと、季節の移りゆくなかでも、被災地の大半はいまだ瓦礫で覆われ、震災の爪あとの深さを思わずにはいられません。被災されたすべての皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。
 千年に一度とも報道される今回の震災は、「平和」に浸りきっていた日本人に多くのことを気づかせる機会ともなりました。その一つは、諸外国が日本に寄せる信頼と共感 です。支援の手は欧米の先進国のみならず、先の戦争から日本と距離を置いていると報道されるアジアの国々からも差し伸べられています。日本と国交のない台湾では真っ先に救援準備がされ、アメリカをもしのぐ援助金が民間中心に寄せられました。
 一方、原発事故における先進国らしからぬ危機管理不全ぶりは、実態なき”安全神話” を信じ込んでいた、戦後日本の甘さの表れといえるでしょう。そのことを象徴するのが、 震災後の会見や談話で繰り返される「想定外」という言葉です。「これほどの規模の地震は想定外だった」「大津波が来るとは想定していなかった」との発言には”日本の高い科学技術もってすれば、自然をもコントロールできる”と「想定」していたことがうかがえます。しかし、人類はいまだ脳や身体のことから、異常気象の原因、宇宙の仕組みなど、自然について多くを知りません。経済や科学の力を過信し、人知を超えた自然の所業を、人間中心に 「想定」しようとした、そこに現代人の驕りを感じるのは私だけでしょうか。
 危機管理の基本は「考えたくないことを考える」「考えられないことを考える」点にあります。戦後日本は、自然災害だけでなく安全保障に対しても”平和憲法があれば、国民の生命 財産が脅かされるような国難は想定されない”として、自衛隊の存在を曖昧にしてきました。しかし今回、東北の沿岸部では津波で消防署も警察も流され。役所も機能不全に陥る市町村が相次ぎました。自衛隊がなければ、米軍の協力がなければ、どうなっていたでしょうか。
 経済力の回復だけを「復興」としたならば、私たちはこの震災から何も学ばなかったことになります。これを機に、どんな試練からも国民の生命と財産を守り抜く、世界一の危機管理国として再生すること。そうでなければ、犠牲となった幾万の御霊に対して、申し訳が立ちません。
本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2011年6月号)誌に掲載されているものです。
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