| 今年の日本を見舞った未曾有の大災害、それはまさに国家的危機でした。一企業、一市町村ではとても対応できない、想像を絶する被害を前にして、これまで考えもしなかった自衛隊や国家の大切さを思い直したという人も多いことでしょう。そして今、毎日のように「復興」「再生」そして「絆」という言葉が語られますが、その具体的な成果となるとなかなか現れてこない、そう感じるのは私だけでしょうか。 今年は、サンフランシスコ講和条約の調印から六十年にあたります。これにより日本は七年にわたるGHQ(連合国軍総司令部)の占領統治から独立を果たし、戦後の復興への道を歩み始めたわけですが、今、この記念すべき ”国家の誕生日”に関心を示す人は、ほとんどありません。その理由は、この六十年を振り返るとよく理解できます。 最初の二十年は、戦前生まれの先輩が焼け跡の中から立ち上がり、ヨチヨチ歩きの子供のように夢に向かって進んだ時代でした。たとえ着るもの、食べるものが不足しようとも、敗戦という屈辱をバネにして、世界第二位の経済大国を築いていったのです。 次の二十年は、まさに日本経済絶頂の時代といえるでしょう。しかしメイド・イン・ジャパンが世界を席巻していくにつれ、欧米各国からは「エコノミック・アニマル」と揶揄されました。幸福実現の手段であったはずの経済が、唯一の目的へとすりかわり、外交や防衛、教育などの重要課題は脇に置かれたまま、成長を続けてきました。 そして「四十にして惑わず」の不惑を迎えるや、バブル崩壊を経験し、経済という唯一の拠りどころをなくした日本は、長期不況の中で右往左往し、家族や国民の絆が問われる試練が相次ぎました。 六十年前の講和条約調印は、日本人としての誇りを取り戻したときでもありました。後世の発展に期待をかけ、戦火の中に散った先人たちは、成熟国家とはほど遠い日本の現状をどう見るでしょうか。 来年の干支である「辰」の字は、それまで伸び悩んできた草木が進化成長して、整い茂るさまを表しています。日本はここで国家としての「還暦」を迎え、再びゼロからの出発点に立ちます。来年こそは、目の前に広がる無限の可能性を信じて、日本人の底力を発揮し、真に自立した国家再生へのスタートを切りたいものです。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2011年12月号)誌に掲載されているものです。 |