| 平成24年が幕を開けました。昨年11月に訪れた伊勢神宮は、平日にもかかわらず、内宮の参道はあふれるほどの人で、中でも若い男女の姿が目立ちました。”気”が集まるという「パワースポット」ブームの影響でしょうか。神苑に入ると、平成25年にひかえた式年遷宮の準備が着々と進んでいました。 式年遷宮は天武天皇が定められ、西暦690年に第一回が行われて以来、20年に一度ずつ、1300年にわたって連綿と続けられているお祭りです。遷宮では社殿とともに、その内外を飾る御装束や神宝など1500点以上が当代の名工の手で新調され、20年の役目を果たした品々は、神宮徴古館で見ることができます。 その中の一つである「つげ櫛」は、丸みの美しい姿に細やかな歯が整然と並ぶ逸品で、京都の熟練した職人が仕上げたものということでした。ただ、その技を継ぐ方がおらず、次の遷宮(平成45年)では、もう納めることができないのでは、と危惧されているそうです。これは「手のひらほどの大きさの櫛一つ」という問題ではありません。その技術を継承する人が出ないために1300年にもおよんだ伝統が途絶えるということに、どれだけの人が危機感を持っているのか、ということです。外交通商や経済復興など、私たちの目の前には課題が山積していますが、そのように国家の視点が定まらないのは、伝統文化という土台が崩れかかっていることに原因があるのではないでしょうか。 今から100年前、モラロジーの創健者・廣池千九郎は伊勢の神宮皇學館(現在の皇學館大學)で教鞭をとっていました。明治の近代化の影で、日本の伝統精神が薄れてゆくことを憂えた千九郎は、伊勢神宮の学問的研究書としては初めてといえる『伊勢神宮』を、明治41年に世に問うています。この中で千九郎は、神宮と皇室、日本人の民族性との関係に無知なのは大問題であり、これを研究し、心に刻むことは国民最大の義務である、と説きました。この研究からやがて「モラル・サイエンス」(道徳科学)創建への道が切り開かれていきます。千九郎ははたして、今の日本の姿をどう見ているでしょうか。
いよいよ来年は式年遷宮です。歴史と文化を守る人づくりなくして、国づくりはないとの思いを全国民で共有し、精神の復興と日本再生の道を切り開いていく、今年をそんなスタートの年にしたいものです。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2012年1月号)誌に掲載されているものです。 |