| 東日本大震災が発生してから、一年がたとうとしています。 私たちが直面したのは、マグニチュード九.0という巨大地震に大津波、原発事故による放射能汚染という、いまだ人類が経験したことのない、史上最大級の災害です。またに国を挙げて乗り越えるべき「国難」といえますが、一年を費やそうとする今なお、復興は緒についたばかりです。 岩手、宮城の両県で発生したがれきは、二千万トンといわれますが、県外処理は一向に進んでいません。がれきは復興の街づくりへの大きな妨げとなっています。 また、愛する家族を失い、哀しみの日々を送っている被災者の方々、仕事もなく将来の不安を抱えた被災者は数え切れません。さらに、行方不明者もいまだ三千人以上存在するのです。 そうした中、警察や海上保安庁は、厳寒の海に身を投じ、「最後の一人まで」と懸命な捜索を続けています。陸海空の自衛隊員が救助した人命は一万九千人以上といわれています。自衛隊員がいなければ、犠牲者の数は倍になっていたかもしれません。お風呂も温かい食事も満足にない、過酷な環境の中で、彼らの任務を支えたのは、「日本人の生命と財産を守る」という使命感でした。 一方で、福島第一原発の事故による放射能の問題は、原因の究明も責任の所在もあやふやなまま、収束とほど遠い現状です。事故の当事者である東京電力、そして国家の安全対策を担うべき政府の責任は、きわめて重いといわざるを得ません。 千年に一度の大震災とはいえ、適切な、「初動対応」と、きちんとした「情報開示」がなされていれば、放射能汚染の状況も、風評被害も、そして国民が抱える不安も、現在のようにはならなかったことでしょう。幾多の犠牲のうえに得た、震災の教訓を無にしてはなりません。 平和と安全が当たり前、という“戦後日本の常識”では、未曽有の危機を乗り越えることはできないでしょう。震災から一年、復興への第一歩を力強く踏み出していくために、今こそ、国難を乗り越える政治の決断と行動、そしてそれを支える私たち国民一人ひとりの「覚悟」が求められています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2012年2月号)誌に掲載されているものです。 |