| 昭和13年6月、札幌で初めて開かれたモラロジーの講習会の会場に、講師の話に熱心に耳を傾ける、ある女性の姿がありました。「運命は改善できる」。講師の言葉に、当時21歳のNさんは強く心を打たれます。 その後の勉強会で出会い、結婚した夫は、札幌駅前で青果店を始めるものの、10年ほどすると、原因不明の脳の病に襲われます。「回復の見込みはありません」。そう宣告され、Nさんは育ち盛りの子供を5人も抱えて、八方ふさがりの境遇に立たされました。それでも人生を悲観することなく誓いを立てます。「もし命を与えていただけるのなら、主人には人様のための仕事に専念をさせ、家族の生活は私がたてます。どうかご守護ください」
やがて夫は注射一本、薬一服飲まないまま、奇跡的に回復を遂げました。Nさんは誓いのとおり、自分ひとりでできる仕事をと、青果店の軒先を改装し、大衆食堂を始めます。利益を考えない商いで「安い・おいしい・早い」とたちまち評判になりました。
モラロジー活動に奔走した夫は昭和54年にこの世を去ります。食堂を閉じたNさんは”ご恩返しの人生”を心に誓い、荒れる学校を立て直すために少しでも役立てばと市内の学校への『ニューモラル』の配布活動に取り組み始めました。校長や教頭を訪ねては「読んでいただけるなら、無料で何冊でもお届けします」と一校また一校と配布先を増やしていきました。しだいに協力者も増えていき、配布活動は札幌市内の全小・中学校をはじめ、幼稚園にまで広がっていきました。その活動は休むことなく30年あまり続き、累計で百万冊を超える「ニューモラル」が教育の現場に届けられました。
Nさんは昨年11月、天寿をまっとうされ、あの素敵な笑顔はもう見られません。しかしその意志と活動は「にれの会」として、後進にしっかりと受け継がれています。 この7月には、札幌の中心街に、北海道の新たな教育活動の拠点となる会館が開設されます。Nさん夫妻をはじめ、北の大地に道徳の風を吹き込んだ多くの先人先輩の思いを大切にしながら、さらなる人づくりに邁進していきたいと思います。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2012年5月号)誌に掲載されているものです。 |