| 「冬来たりなば春遠からじ」。長かった冬が終わり、日本列島はこれから桜の季節を迎えます。草花が芽吹き、明るく清々しい日本の春は、平和の象徴のようですが、日本をとりまく国際情勢は、冬の時代を迎えています。 わが国の領土に対する中国の挑発はエスカレートし、北朝鮮の核実験は繰り返され、もはや日米同盟の強化なくして日本の安全はないかのような情勢です。アベノミクスによる経済効果で、国内には明るい兆しが見え始めましたが、窓の外は寒風吹きすさぶ環境といえます。今、まさに日本の「国のあり方」が厳しく問われているのです。 かつてイザヤ・ベンダサンは「日本人は水と安全はタダと思っている」と指摘し、国際社会の中の日本人の平和ボケを揶揄しました。戦後70年が近づこうとする今、その状況はいくらかでも改善したと言えるのでしょうか。 戦後のこの国のあり方を方向づけたのは「日本国憲法」です。これは憲法の素人集団である、GHQ民政局の役人たちが7日間で作ったものです。同じ敗戦国のドイツは、占領下に憲法を制定し、その後50回以上も改正しています。 発布から70年近くもの間、一字一句も文言を改正していない国は、日本だけです。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」という憲法の前文一つとっても、いかに日本が直面している現状とかけ離れているかわかります。 「戦争には負けたが奴隷になったわけではない」。そう言ってGHQと対峙した吉田茂首相の補佐官・白洲次郎は、占領軍の憲法草案が公表された翌日、手記にこう記しました。「今に見ていろという気持ちを抑えきれず。ひそかに涙す」と。 日本は占領軍に与えられた「国の姿」を頑なに守り、今日まで歩んできました。 中には「アメリカが作ったものであっても、中味がよければ改正は必要ない」という声もあります。日本人はもはや自らの手で、自国のあり方を描く覚悟も、誇りも失ってしまいました。 今年は、アメリカ十六代大統領のリンカーンが「奴隷解放宣言」をうたってから150年にあたります。リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」という言葉を残し、以来、アメリカは民主主義のリーダーとしての道を歩み続けてきました。 「日本人のための政治」を実現し、この国に本当の春が訪れるのは、はたしていつのことでしょうか。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2013年4月号)誌に掲載されているものです。
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