| 3月の一日、千葉県の佐倉にある「歴博」(国立歴史民族博物館)を訪ねました。 特集展示は、幕末に、天皇家から将軍家に嫁いだ皇女和宮のひな飾りです。「公武合体」を象徴するような、京都製の内裏びなに、江戸製の道具を組み合わせたひな飾りは想像以上に小さく、細やかな日本人の手仕事が光る品でした。 暦博から成田方面に進むと、田園風景の一画に「宗吾(そうご)霊堂」が見えてきます。ここには戦前の日本人ならみな知っていた『義民』佐倉宗吾の霊が祀られています。 宗吾は家老の暴政に苦しむ藩領389か村、10万人を救うため、名主として将軍への直訴を決意します。妻に離縁を、子に勘当を言い渡して、時の四代将軍・徳川家綱に直訴。聞き届けられたものの、翌年、幼子4人と共に刑死しました。刑場跡に建つ御廟には、今でも多くの参拝者が訪れ、線香の煙が絶えることはないといいます。立派な本堂には徳川家十六代・家達(いえさと)の揮毫が掲げられており、宗吾の物語がどれほど大衆に支持されたかが伝わってくるようでした。 「農民の忠臣蔵」ともいうべきこの物語は歌舞伎の題材となり、幕末に「東山桜荘子」として初演、現代まで上演され続けています。 江戸時代に生まれた歌舞伎は、時代物や世話物などといった伝統的な演目を、基本を守りながら、しかも時代とともに新しいものを取り入れて発展し、常に庶民の娯楽として愛されてきました。日本の若い世代はこうした伝統芸能を「古くさい」と見がちなようですが、一方でパリやニューヨークの公演は成功を収め、今や世界の「KABUKI」となりつつあります。 明治以降、日本人は古きよき文化を次々と西欧文明に置き換え、経済的繁栄を手にするなかで、自国の文化に対する関心と誇りを失ってしまいました。 今、日本のアニメや漫画が「クールジャパン」として世界から注目を集めています。その基礎には、長年かけて培われた日本独自の細やかな文化があります。義理人情の物語を見事な芸術作品へと洗練させる器用さ、そして美意識。古くさいと日本人が敬遠する文化にこそ、世界は魅力を感じているのです。 この春、東京の歌舞伎座が、装いを新たに生まれ変わりました。いつの日かここがクールジャパンの象徴となり、世界中の人々を魅了する日が来ることを願っています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2013年5月号)誌に掲載されているものです。
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