| 門司の港に面した小さな美術館、その一角にめざす資料館はありました。 明治の末、わずか二人で始めた青年の商いは、ここ門司から、世界へと広がっていきました。その青年の名を出光佐三といいます。波乱の時代を駆け抜けた足跡に惹きつけられ、時間が経つのを忘れました。 拝金主義真っ盛りの当時、佐三は「黄金の奴隷たるなかれ」との師の言葉を胸に、25歳で独立を果たします。そこから3年、工場に門前払いをされる日々を乗り越え、軽油の海上販売でチャンスをつかみ、やがて出光商会の名は「海賊」の異名とともに沿岸に轟くようになりました。 事業は満州、中国からマレー、ジャワなど東南アジア一帯に広がりますが、 そのすべてを敗戦で失います。焦土と化した街並み、外地から引き揚げてくる社員はおよそ800名。他の企業が人員整理に踏み切る中、「社員は家族」と佐三は一人もクビにしない宣言をします。もっとも日本の石油は枯渇状態、仕事はありません。ラジオ修理、農業や漁業、誰もが嫌がる石油タンクの底さらえなど社員総出でやり遂げ、出光は復活を遂げます。 佐三は石油をより安く国内に供給するため、市場を支配する欧米の石油メジャーに単身戦いを挑みます。昭和28年、英国の搾取に反発し油田を国有化したイランへ極秘裏にタンカーを向かわせ、中東産油国との直接取引という快挙を成し遂げて、世界をあっと言わせました。 佐三は、常に「国益」を第一に石油の将来性を先見して「業界の常識」に挑戦し、世界の勢力図を一変させました。立ちはだかるどんな強敵にも負けない「士魂商才」「生涯不敗」の生き様は、二十世紀の宮本武蔵を彷彿とさせます。 この佐三の姿を描いた小説『海賊と呼ばれた男』が今、話題になっています。司馬遼太郎の『坂の上の雲』以来の感動作であり、久々に心地よい興奮とともに読み終えました。 ある会合で偶然お会いした作者・百田尚樹さんはこう言います。「こういう日本人がいたということを知らせなければいけないという思いで書きました」と。 自信を失った現代人に勇気と感動を与える恰好の書です。一人でも多くの日本人、特に若い世代に読んでほしいと願います。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2013年6月号)誌に掲載されているものです。
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