| ソチ冬季オリンピックが無事に幕を閉じました。日本中の期待を背負い、戦った選手には、メダルの数だけでは語れない多くのドラマがありました。4年に一度の最高の舞台。大変な重圧の中で、若い選手たちは世界の強豪と互角に戦い、立派な結果を残しました。 フィギアスケート個人での日本人男子初の金メダル獲得は、あどけない表情に似合わない、日本人離れした堂々の演技で、日本中に感動を与えました。仙台出身の羽生結弦選手は、練習中に東日本大震災が発生し、自宅も被害を受け、避難所で4日間を過ごしました。「スケートをやめて、家族と一緒に生きることを優先しないといけないと思っていた」というほど、厳しい選択を強いられました。練習拠点をやむなく海外に移した後も、被災地から離れることへの葛藤を抱えての3年間だったといいます。 羽生選手の表彰式の態度やインタビューでの発言も、十代とは思えない堂々としたものでした。支援者への感謝の言葉に続いて「日本人として金メダルを持ち帰れることはすごく誇りに思っています」と述べています。被災後の国難を乗り越えて、日本中の期待に応えたことへの達成感や安堵感を控えめに表現していて、「若きサムライ」を思わせるものがありました。他の十代の選手と共に、長く人々の記憶に残り将来の活躍がますます楽しみになってきました。 明治以来の日本は、幾多の国難を乗り越えて今日の発展した国家・社会を築いてきました。そこには自らの功績を誇らず、多くを語らない、有名無名の多くのサムライたちの貢献がありました。 その一人が、話題の作家・百田尚樹さんの代表作の一つ「海賊とよばれた男」の主人公国岡鐡造ではないでしょうか。「こういう日本人がいたことを知らせなければ ならないという思いで書きました」と絶妙の語り口で、読むたびに感動と勇気を与えて くれます。「士魂商才」「国家優先」(利益は二の次)「社員を大切に」の断固とした 経営姿勢は、明治、大正昭和、敗戦からの復興、東京オリンピックの成功と、一貫して 日本の経済発展と自信の回復に大きな足跡を残しました。 2020年東京五輪まであと6年、経済再生、教育再生、震災・原発事故からの復興と大きな困難が待ちかまえています。今ほど「若きサムライ」の登場が待たれることはありません。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2014年4号)誌に掲載されているものです。 |