| あれから3度目の暑い夏を迎え、復興のただ中にある、東北の被災地を訪ねました。 今も多くの方々が避難生活を余儀なくされており、災害の爪あとの深さをあらためて痛感しました。そうしたなか、震災の被害をほぼ受けず、世界に安全をアピールした女川原子力発電所の存在がほとんど報道されていないことを残念に思います。 三陸海岸の南部にある女川原発は、震源に最も近い原発とされ、福島第一と同じかそれ以上の揺れと津波を受けながら、3基ある原子炉すべてが安全に停止しました。 施設は福島第一のように太平洋に面した海辺に建ち、あの日は地震によって地盤が約1メートルも沈下、そこへ13メートルもの津浪が襲いました。しかし原発施設が、津波に洗われることはありませんでした。東北電力が建設計画の時から津浪対策を重視し、貞観(じょうがん)地震(869年)に始まる、過去に押し寄せた津浪を調べ上げて、敷地を14.8メートルの高さにしていたからです。 万一のことを考え抜いた二重三重の備えによって、非常電源も機能しました。自宅を流され、道路も寸断されて、行き場を失った近隣住民が「発電所ならば」と次々に避難に訪れました。300名以上の方々を構内に受け入れ「避難所」としても機能していました。 福島第一では「想定外」だった津浪が、女川ではすべて「想定内」でした。経済性よりも安全性を優先し、謙虚に歴史に学び、未曽有の災害を乗り越えたのです。 現在は、さらなる津浪対策として、高さ29メートルの防潮堤の建設が進んでおり、「オナガワ」は世界で最も安全な原発として海外で高く評価されています。 日本では一方的なマスコミ報道によって、「原発イコール悪」というイメージが国民に定着しているようです。しかし冷静かつ科学的な議論をせず、感情論で日本の将来にかかわる判断をしてよいのでしょうか。「政治の決断」に期待したいものです。 人間の叡智を結集すれば、千年に一度の大災害も乗り切ることができるということを、女川原発は世界に証明しました。「オナガワの奇跡」は、決して奇跡ではないのです。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2014年9月号)誌に掲載されているものです。 |