| 昭和34年、栃木県で開かれたモラロジー講習会の会場に中学校教師Nさんの姿がありました。 その前日に、戦後の「道徳教育」が復活され、Nさんは学校の指示で「道徳」と名のつく資料集めに奔走していました。そこで偶然、民家の板塀に張られた講習会の案内を目にして、会場に飛び込んだのです。 その後、忙しい校務の合間をぬって、モラロジーの勉強を続け、学校現場では伝統行事を大切にし、子供の長所を引き出す教育を実践。校長職を歴任して退職したあとは、教育正常化をめざす「全日本教職員連盟」の委員長を務めました。 任期を終えると休む間もなく、新たな仕事の誘いが相次ぎます。決めかねているNさんに、モラロジーの先輩が言いました。「先生は校長や全国の委員長までやり、功なり名を上げたのだから、これからは社会奉仕です。最も安くていちばん骨の折れるところですよ」Nさんが選んだのは、明治から続く、犯罪や非行をした人たちの更生保護施設でした。 窃盗など罪を犯して仮出所をする人の中には、帰る家や家族もなく、寄辺(よるべ)のない人が多くいます。Nさんは施設長として、そうした方々を温かく迎え入れ、「罪は憎むが、人を助ける」の信念で更生に当たりました。ルール違反や甘えには毅然と対しつつ、時には風呂場で背中を流し合う、まさに体当たりの教育で、彼らの再出発を支援しました。毎月の道徳の教養講座「心の定期便」は、今年で24年目を迎えます。 全国の更生施設の中でも、Nさんの施設の教育成果は高く、再び犯罪に手を染める人が少ないことで注目されています。周囲から反対運動も起きた当初と比べ、今では向かい側に保育園もでき、施設の集会室は町内の行事にも使われています。 障害を教育と更生に捧げたNさんは、昨年11月、88歳の生涯を全うしました。 この施設を運営する尚徳有隣会(しょうとくゆうりんかい)は「徳を尊ぶこと学知金権より大なり」(廣池千九郎)と「徳は孤ならず必ず隣有り」(孔子)から命名されました。再出発を志す方々の生まれ変わりを祈り続けたその情熱は、後任の施設長Mさんをはじめ、今もモラロジーの精神と共に施設に受け継がれています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2014年10月号)誌に掲載されているものです。 |