| 今年の初め、日本中を席巻する衝撃的なニュースが、中東から飛びこんできました。 ISIL(いわゆるイスラム国)による日本人人質事件です。考えられないような残虐性、ついに日本までもテロの標的になったという事実に、国内のみならず、世界中がショックを受けました。 国際法も人道も人権も認めない、テロ集団の許し難い犯罪に関し、さまざまな報道が飛交いました。その中で、あたかも安倍首相のカイロでの演説が事件を引き起こしたかのように報じたり、日本政府の対応に責任があるかのように論ずる一部マスコミの報道に、強い違和感を抱きました。 現行憲法のもと、日本は情報収集も邦人の救出も、他国に全面的に頼らざるを得ないのが現状です。こうした国際事件に対し、政府が自力でできることはほとんどありません。危険地帯に行かないよう中止要請をするくらいでしょう。犠牲となったお二人は、その要請に従わず自らの意志で渡航しました。 にもかかわらず事件のを責任を政府に負わせ、首相演説の検証に問題をすり替えるマスコミ報道は、的外れと言わざるを得ません。 安倍首相の演説が現地で高く評価されたその日は、都市直下型地震として未曾有の被害をもたらした、阪神・淡路大雲災から二十年目の日でした。その数ある番組や報道の中で、NHKが制作した検証番組にも違和感を覚えました。 番組では「想定外」の被害は、周期が。一〜ニ秒の「キラーパルス」という揺れが原囚だったとし、複数の専門家の見解を紹介していました。現代の科学ではいつ地震が起きるかは完全に予知できない、しかし巨大地震はいずれ起きる。そうした内容で、いったい何を検証したものか、番組の内容に疑問が残りました。 正確な予測が不可能であるならば、重要なのは、起きた後にどうするかでしょう。 あの日、もし速やかに自衛隊を災害派遣していれば、救えた命は一千人以上あったといわれています。初動対応の不備を問われて「なにぶん初めての経験で……」と答弁したM首相の無策ぶりにはあきれるばかりです。何を差し置いても国民の命を守るという政治の基本をないがしろにした、当時の首相の責任こそ厳しく問われるべきでしょう。 巧妙に問題の本質をすり替えようとする、マスコミの姿勢に大きな疑問を感じます。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2015年5月号)誌に掲載されているものです。 |