| 「人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常とおもへば不足なし。心に望み起こらば困窮したる時を思ひ出すべし。堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思へ」 徳川家康がこの世を去ってから今年は400年を迎えます。日光東照宮では、さまざまな記念企画や行事が催されていました。たいへんな人出の中で、目立ったのは外国人観光客の多さです。世界遺産になったとはいえ、日本の偉人である家康のお廟に、世界中からこれほど多くの外国人が詣でている姿に新鮮な驚きを感じました。 今、海外では、世界に例をみない260年もの平和な時代を築いた、家康に対する評価が高まっています。中国では、小説家の山岡壮八氏の「徳川家康」の翻訳本が200万部を超えるロングセラーとなりました。 一方、戦後の日本では江戸時代は鎖国政策や身分制度などをマイナスに強調して教えることが多くあり、家康の果たした役割が正しく理解されていないように感じます。 江戸時代は農業や商業、さまざまな文化が発展し、家康が幕府を開いてから、わずか100年で人口が2.5倍の3000万人に増えました。特に江戸は、全国から集まる武士や庶民によって人と文化、情報がさまざまに交流し、ロンドンやパリをもしのぐ世界最大の都市として繁栄しました。庶民に「読み、書き、ソロバン」を教える寺子屋が各地にあり、識字率も格段の高さでした。こうした江戸文化の平和や繁栄があってこそ、明治の近代化は花開いたのです。 明治からおよそ70年後、日本は敗戦によって多くのものを失いましたが、特に誇るべき歴史、日本人が守って来た良き国民性は今も見失われたままです。 そこからさらに70年。明治維新、敗戦に次ぐ「第三の復興」による新たな国づくりは、まさに「重荷を負ふて遠き道を行くが如し」です。私たちに必要なのは謙虚に「歴史に学ぶ」ことではないでしょうか。 戦国の混乱をおさめ、明確なビジョンをもって、平和と繁栄の時代をつくった家康。信長、秀吉のような華々しさはなくとも、驕らず急がず、確実に結果を残し、社会を変えていくことのできる指導者が今、日本、そして世界に求められています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2015年10月号)誌に掲載されているものです。 |