| 「福島で生まれて、福島で育って、福島で働く。福島で結婚して、福島で子どもを産んで、福島で子どもを育てる。福島で孫を見て、福島でひ孫を見て、福島で最期を過ごす。それが私の夢なのです」 これは東日本大震災の直後に、ひとりの女子高生が語った言葉です。 昨年九月、福島稲荷神社宮司の傍ら、福島県神社庁長をお務めの丹治正博さんとお会いし、他県と比べて復興が遅れる福島の”今”をうかがってきました。 まもなく五年を迎える今も、県の内外で避難生活を送る人がいまだに約十万人もおられます。最新の統計では、仮設住宅での長期生活や放射能の恐怖によるストレスが重なり、病で亡くなる方の数が、津波等直接の被害で亡くなられた方を超えたといわれます。 福島は当初、地震・津波・原発事故・風評被害という四つの苦しみに見舞われました。都内のあるレジャー施設では、福島ナンバーの車は隔離して停めるという対応もあり、「風評」による県民の方々の苦痛は計り知れません。しかし今、丹治さんが一番恐れているのは「次第に忘れ去られて行く『風化被害』が進行していること」です。 福島の原発でつくられた電気は、すべて関東へ運ばれ、首都圏の人々のために使われて いたことを今も知らない人が多くいます。 原発を地方に押しつけて、豊かさを享受しているにもかかわらず、その恩恵に感謝せず、事故が起きれば瓦傑の引き受けを拒否する。そこには自由や平等、権利ばかりを求め、義務や責任を教えない、戦後教育の負の遺産があるように思えてなりません。福島の原発事故は、そんな日本の現実を否応なく突きつけているのです。 これから五十年以内に、東海・東南海・南海地震が必ず起こるという予測もあります。東日本大震災は、対岸の火事ではありません。 モモ、リンゴ、サクランボと四季折々の果物に恵まれた、美しきふるさと・福島。震災によって、かけがえのない故郷を失う経験を再び繰り返してはなりません。 私たちに今できることは「風化被害」を起こさず、国民一人ひとりの問題として、福島の悲劇を引き受ける覚悟をすることではないでしょうか。そこに日本人の精神の復興もあるはずです。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2016年3月号)誌に掲載されているものです。 |