| 二十一世紀に生きる私たちは、人類は皆平等であり、宗教の違いや民族の違いによって差別されないのが当たり前だと考えています。ところがほんの少し前の二十世紀には、今とはまったく違った世界がありました。 大航海時代から第二次世界大戦まで、欧米の白人国家は世界中を植民地支配し、搾取し続け、アメリカではインディアンが虐殺され、黒人が奴隷となっていました。 わが国でも、一八五八(安政五)年に締結された日米修好通商条約(不平等条約)において、米側に領事裁判権(治外法権)を認め、関税自主権も持っていませんでした。領事裁判権は一八九四(明治二十七)年に撤廃され、関税自主権は一九一一(明治四十四)年に回復しましたが、日露戦争時のロシア皇帝ニコライ二世は、日本人を「マカーキ(猿)」と呼んで侮蔑していたことが知られます。 こうした苦い経験を背景に、日本は、第一次世界大戦後のパリ講和会議で、人種差別撤廃の明記を提案しました。人類史上初めて、人種平等を国際社会に訴えたのです。しかしこれは、多数決では勝ったものの、ウィルソン米大統領らによって強引に否決され、その後第二次世界大戦が勃発しました。 大東亜戦争において、日本は、ABCD包囲網や、アメリカによる理不尽極まりない石油の対日輸出禁止などの経済封鎖から自国を守るため、またアジア諸国を欧米の植民地支配から解放するために戦いました。アメリカを中心とする連合国には最終的に負けましたが、東南アジア諸国をはじめ、世界の植民地はその後すべて独立を果たしました。 この世界地図を塗り替える大偉業を、欧米列強と干戈を交えて成し遂げたのが日本軍であり、戦いの中で散華された英霊が祀られているのが東京九段の靖國神社です。有色人種である日本人が欧米先進国に敢然と立ち向かったことが、世界の人々に勇気を与えたのです。日本の貢献によって、「人類は平等である」という世界が初めて生まれました。英霊たちの功績がいかに偉大であったか、考えれば考えるほど頭を垂れることしかできません。 私は毎年正月や終戦記念日付近など、年に数回は靖國神社に参拝しています。拝殿の前で手を合わせるとき、英霊への深い感謝の念が湧いてきます。二百四十万柱の英霊のためにも、日本で正しい歴史が広まり、そして天皇陛下の靖國神社御親拝が実現する日が来ることを強く願っています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2017年8月号)誌に掲載されているものです。 |