| 新宿で飲食店を経営するHさん。毎年の父の日や母の日、誕生日には、かつて同店で働いた「卒業生」だちから、お祝いが山のように届きます。 大正十三年に埼玉県で生まれたHさんは、早くに父親を亡くし、六人きょうだいの長男として一家を支えるべく航空隊(特別幹部候補色に入隊しましたが、間もなく終戦を迎えました。復員後は知人に誘われて上京。焼け野原の新宿で、商売人として歩み始めます。ラーメン店の成功を足がかりに、中華料理店やレストランへと事業を拡大していったHさんの頭には、金儲けしかありませんでした。 しかしその矢先、隣の店からボヤが出て類焼。さらには不慮の事故で、お客様にけがを負わせてしまいます。身を粉にして働く中で、九年間連れ添った奥さんも亡くしました。 その後、京都で美容院を経営していた現在の奥さんと再婚し、関西風手打ちうどんの店を開店しました。夫婦で全国の名店を食べ歩いて研究を重ねた結果、「サラダうどん」などの新メニューも開発し、繁盛店となります。しかし、「当時は高慢で、従業員とはぎくしゃくした関係」でした。 そんなとき、モラロジーとの出会いがありました。最初は半信半疑でしたが、「病気になったつもりで」と強く勧められて四週間の講座を受け、考え方がガラリと変わりました。 「会社は公器である」との教えに品性の大切さを痛感したHさんは、人づくりを志し、地 方や海外から出てきて働きながら大学等に通う若者のために「学生寮」を設けます。さらに「これから儲かる時間」の午後八時には店を閉め、人生について学ぶ時間としました。「学校」の始まりです。 毎日の仕事が終わると若者たちを自宅に集め、仏壇の前でそれぞれの郷里の親や祖先へ挨拶をさせた後、親孝行や道徳の大切さについて話しました。無断外泊やバイク事故等、問題は後を絶ちません。そのたびに親心で叱り、いつしか六百五十名以上の卒業生を世に送り出していました。今では、国の内外で立派に活躍しています。 戦後七十年間の新宿の変貌とともに波瀾万丈の人生を歩んできたHさんは、現在九十三歳。林立する高層ビルを眺めながら、奥さんに見守られて、悠々自適の生活を送られています。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2017年10月号)誌に掲載されているものです。 |