| 最近、ある親しい識者とお話ししていたときのことです。その方がしみじみと、こうおっしゃいました。「教育とは、本当に大切なものですね」と。 「何を今さら」と思いましたが、戦後日本の第一線で国際的に活躍してきた先輩の、実感のこもった言葉です。その大先輩が現在の日本社会を見たとき、思ったことが「教育の大切さ」であったのです。 七十三年前の敗戦により焼け野原となったわが国は、先人たちの血のにじむような努力の末に驚異的な復興を遂げ、世界でも有数の経済大国になりました。しかし物質的な豊かさを謳歌する中で、目に見えない大切なものの価値は次第に忘れられ、“今さえよければ”“自分さえよければ”といった風潮を生んできたのではないでしょうか。戦前の教育を受けた世代が第一線を退くにつれ、これまでにない事件や社会問題が表面化してきたように感じているのは、私だけではないでしょう。その理由は単純明快です。 戦後のわが国では、心の教育が行われてきませんでした。目先の利益を偏重する教育を受けてきた若い世代に、社会や国家、歴史を重んじる態度が育たなかったのは、当然のことではないでしょうか。この春から小学校で教科としての道徳教育が復活するのは非常に意義深いことですが、先生自身も「教わってこなかったこと」を教えなければならないわけですから、現場にはさまざまな課題が残ることでしょう。 先だって、今回の検定に合格した小学校の道徳教科書を閲覧する機会がありました。そこに貫かれているのは、自由・平等・基本的人権の尊重を掲げる民主主義の精神です。これは至極もっともなことですが、何か大切なものが欠けているように思えてなりません。 アメリカの人格教育では、合衆国憲法の理念や建国の父をはじめとする国家的偉人の姿を通して、勇気・正直・忠誠・責任・奉仕・愛国心などがしっかりと教えられます。自分を生み育ててくれた親祖先や国を愛し、誇りを持って自らの義務を果たそうとする人間を育てることこそ、教育の根幹です。公共心や国益よりも「自分第一」 という人間ばかりになってしまっては、「自国第一」を掲げるトランプ大統領を笑うことはできません。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2018年03月号)誌に掲載されているものです。 |