| 昨年の大晦日、国民的娯楽番組といわれる紅白歌合戦を見て驚いたのは、私だけでしょうか。 番組のはじめに、黒ずくめの衣装を着た悪役が倒されるという演出がありました。ヒーローが「NHKの敵」と叫んで倒した4人の胸には、「暴力」「差別」「圧力」「忖度」の文字。最後の「忖度」には、振り仮名までついていました。 暴力や差別が許されるものではないことは言うまでもありませんが、忖度を「広辞苑」 で引くと、「他人の心中をおしはかること」とあります。これが暴力や差別と同列に扱われるのは、到底理解できないことです。公正中立を謳った公共放送のすることとは思えません。 アメリカでは、トランプ大統領のCNNをはじめとする報道機関への痛烈な批判が話題になっています。気に入らない大統領を追い落とすためにさまざまな「フェイクニュース」 (虚偽報道)」が流されていたということは、もはや周知の事実です。これに対し、顔に「CNN」と書かれた男をプロレスでやっつける映像をツイッターに投稿した大統領も、品位に欠けるといわざるをえませんが、おそらく紅白歌合戦の演出はそのパロディーでしょう。 日本の放送法では、政治的に公平であることや事実を歪曲しないこと、対立意見のある事柄は多くの角度から論点を明らかにすることなどが定められています。しかし「報道の自由」を楯に取った偏向報道も、見過ごすことはできません。いわゆる加計学園問題では、誘致を推進した前愛媛県知事の国会証言は、ほとんど報道されません。問題とされた獣医学部の入試で定員の数十倍の人たちが出願したという事実からは、報道とはまったく違ったストーリーが見えてくるのではないでしょうか。不都合な事実は「報道しない自由」の名の下に隠され、国民の「知る権利」が奪われているのです。 民主主義の主権者である国民が真実を知らずに、正しい判断ができるでしょうか。お人好しの日本国民は、大手の新聞やテレビの報道は疑うことなく、なんでも信じてしまいます。第三の権力とまでいわれる報道機関の「真実を伝える義務と責任」は、しっかりと問わなければなりません。 本稿は、公益財団法人モラロジー研究所出版部発刊の『れいろう』(2018年04月号)誌に掲載されているものです。 |